新刊紹介 翻訳 『人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルと抵抗のモラル』

小林康夫、大池惣太郎(翻訳)
ホルヘ・センプルン(著)『人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルと抵抗のモラル』
未來社、2015年11月

本書は2002年にフランス国立図書館で行われたホルヘ・センプルンによる三回の講演の記録である。日本では『ブーヘンヴァルトの日曜日』(原題『書くことか生きることか』、1994年)をはじめ強制収容所をめぐる自伝的小説のみ翻訳されてきたセンプルンだが、本書では彼が知識人として発した言葉の一端に触れることができる。民主主義が危機に瀕していた1930年代後半、知性による抵抗とはいかなるものであったかが、表題にあるフッサール、ブロック、オーウェルを縦糸に、ムージル、パトチカ、マリタン、ブルム、マルローといった無数の知識人の名と、それにまつわる夥しい日付の厚みのなかで呼び起こされる。膨大な事実の集積を担い記憶するセンプルンの回想はいかにもヨーロッパの知識人を思わせるものだが、圧倒されるのは単にその該博さというより、それを裏から支えるセンプルンの見えにくい知のあり方である。収容者(デポルテ)であり洗練された知識人であるという落差が、著者の言葉に単なる左派知識人の民主主義擁護とは異質な強度を与えているように見える。「民主主義」が制度や概念、あるいは意味や理念である以上に、<ヨーロッパ>の精神的身体というべき時間の厚みに棹差すものであることが浮き彫りにされるだろう。(大池惣太郎)

小林康夫、大池惣太郎(翻訳)ホルヘ・センプルン(著)『人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルと抵抗のモラル』未來社、2015年11月