新刊紹介 翻訳 『ヤコブソン・セレクション』

桑野隆(訳)
ロマン・ヤコブソン(著)『ヤコブソン・セレクション』
平凡社ライブラリー、2015年11月

本書を編訳するにあたっては二つの課題があった。一つは、言語学、詩学、記号論、民俗学、神話学、失語症その他にわたる厖大な著作のなかから何を訳出すべきかである。ヤコブソンのモットー「われは言語学者なり、こと言語に関するものにしてわれに無縁のものなしとす」を可能なかぎり具現しなければならない。もう一つは、すでに日本語訳が何点も公刊されているなかでいかにしてオリジナリティーを出すかである。

最終的には11の論考を選んだわけであるが、細かな言語学的知識を必要とするものは原則として外した。他方、既訳があっても重要な著作は含めることにした。「言語学と詩学」や「言語の二つの面と失語症の二つのタイプ」、「言語の本質の探究」などがそうである。じつは、これらに限らず既訳では、補足説明なしには理解困難と思われる箇所が散見された(とくにスラヴ諸語からの例)。この点を解消するため、本書では初訳のものはむろんのこと全論考に訳注・割注をふんだんに添えた。ちなみに、「詩人たちを浪費した世代」と「プーシキンの象徴体系における彫像」は、訳者がぜひとも紹介したかったものである。いずれも、詩人・作家のテクストと状況との緊張関係を、「伝記主義」でも「反伝記主義」でもないヤコブソン特有の方法(「詩人のミソロジー」)で解読したものであり、とくに後者はヤコブソン詩学の最高傑作と言えよう。(桑野隆)

桑野隆(訳)ロマン・ヤコブソン(著)『ヤコブソン・セレクション』平凡社ライブラリー、2015年11月