新刊紹介 翻訳 『想像力の時制(文化研究II)』

河野真太郎(ほか共訳)
レイモンド・ウィリアムズ(著)、川端康雄(編集、翻訳)『想像力の時制(文化研究 II)』
講談社、2015年12月

レイモンド・ウィリアムズ(1921-88年)というと、「イギリスの批評家、文化研究(カルチュラル・スタディーズ)の祖の一人」と紹介されるのが常であろう。このような紹介からこぼれ落ちてしまうのは、「イギリス」とはいってもその周辺にあるウェールズ出身のウィリアムズが「批評」という言葉には常に抵抗感と距離感を示した人物であり、文化批評、小説、時局的エッセイや書評といった執筆活動の全体は、南ウェールズのパンディ村に残るウィリアムズの生家のブルー・プラークにある、「著述家(writer)」という言葉でしか表し得ないようなものであり、さらにウィリアムズの同時代の政治へのコミットメントと距離を知るとき、執筆活動でさえその人生の一部でしかなかったとわかるという事実である。

『文化と社会』『辺境』『長い革命』『田舎と都会』といった主著が翻訳されてきたウィリアムズであるが、本書『想像力の時制』は、それに先だってすでに出版された『共通文化にむけて 文化研究Ⅰ』(みすず書房、2013年)とともに、一編を除いて本邦未訳のウィリアムズのエッセイを独自に編集して翻訳したものである。全体は四部に分かれ、歴史的・ユートピア的想像力と政治との結合を浮き彫りにする第一部(「歴史・想像力・コミットメント」)、モダニズムとリアリズムの分離という問題への重要な介入を記録する第二部(「アヴァンギャルドとモダニズム」)、ケンブリッジ大学から成人教育という、ウィリアムズ自身の知識人としてのフォーメーションをたどる第三部(「文学研究と教育」)、そして文学研究と社会との分離と結びつきを問う、ウィリアムズの真骨頂ともいうべき第四部(「文学と社会」)という構成である。

ウィリアムズの全体像を示そうとするゆえに多様である本書の特性を──したがってウィリアムズの仕事の特性を──表現する言葉をひとつ選ぶならば、それは「社会」であろう。本書の最終章をなす、テリー・イーグルトンとの(死去の直前の)対談でウィリアムズは「わたしの社会主義はたんなる幼少期の経験の延長では」ないと言っている。それは、「しっかりと根を張っていて破壊できない、しかし同時に変化を伴いつつ体現された、共通のくらしの可能性」だと(368頁)。ウィリアムズらしい含蓄に富んだ表現だが、常に変化しつづけるけれども、それでもそれが人々の意志と力によってもたらされた変化であるがゆえに、社会は揺るぎないものでもあるという希望と信とを表現する言葉である。本書を手にする読者は、そのような、社会に対する希望と信とをウィリアムズから受け取ることになるだろう。民主主義的な社会をいかにして構築するかという問題が、かつてなく喫緊のものとなっている現在の日本において、文化と社会をめぐるウィリアムズの言葉はひとつの道しるべとなり得るだろう。(河野真太郎)

川端康雄(編訳)レイモンド・ウィリアムズ(著)『想像力の時制 文化研究II』