新刊紹介 編著/共著 『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』

阿部賢一、 加藤有子、和田忠彦(ほか分担執筆)
沼野充義、奥彩子、西成彦(編)
『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』
松籟社、2016年2月

方位感覚とはきわめて主観的なものであるが、「東欧」という語の内実もまた時代と場所に応じて変容を続けている。たしかに、地理的な境界線は地図上に明示できるかもしれない。だが、「文学」においてそのような境界線が措定できるのか、仮にできるとしたら、その枠組み内にはどのようなダイナミズムがあるのか──このような問いかけを「東欧」という場において実践したのが本書『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』である。

沼野充義による論考の題目「東欧文学とは何か?」がいみじくも示しているように、「東欧文学」を語る時、まず求められるのは対象の措定である。その作業を行なうにあたって、同書では、三つの線が引かれている。

第一の線は、国を単位とする文学。ポーランド、チェコ、スロヴァキアといった各国文学史の輪郭の提示、そして代表的な作家たちの紹介がなされるが、これらの国々の多くは第一次世界大戦後に独立をしたという背景もあり、取り上げられるのは20世紀以降の人物が大半を占めている。同時に「東ドイツ」「ユーゴスラヴィア」など、国家としてもはや存在しないものの、今なお文化的な共同体を形づくっていると思われる単位もまた積極的に取り上げられている点は注目に値するだろう。

勿論、このような国民文学的なアプローチは当該空間の文学現象のすべてを捉えるものではない。そこで、第二の線として、ソルブ、イディッシュなど、国家を形成しない言語共同体の文学にも光があてられる。「東欧」という大きな枠組みでこのようなミクロな視点を重視する姿勢は同書の基本理念となっているが、国境を横断するイディッシュ文学のネットワークに対して、国民文学というアプローチの無効性をあらためて意識させる契機となっている。

そして「文学」という現象を考えるにあたって、不可欠であるのが「人」の移動であり、「作品」の流通である。そこで、第三の線として引かれるのが、「東欧」という地理的空間から外に出た文学への言及がなされる。スイスに渡り、フランス語で執筆したアゴタ・クリストフ、米国のPENクラブ会長にもなったイェジー・コシンスキなど、東欧からの亡命者や移民という背景を有する作家たちに光をあてることで浮かび上がるのが「東欧文学」の外延である。

〈東欧の想像力〉とは、2007年以降、松籟社から刊行されている東欧文学叢書のタイトルであり、本書は同叢書の補助読本としての役割を担っている点は指摘するまでもない。だが、上記の三つの線が交錯することで、同書は、東欧の現代作家の単なる「ガイドブック」であるにとどまらず、「東欧文学」という壮大な文学現象を捉えようとする多角的な眼差しを内包する書物となっている。(阿部賢一)

阿部賢一、加藤有子、和田忠彦(ほか分担執筆)沼野充義、奥彩子、西成彦(編)『東欧の想像力 現代東欧文学ガイド』松籟社、2016年2月