新刊紹介 単著 『マス・メディア時代のポピュラー音楽を読み解く 流行現象からの脱却』

東谷護(著)
『マス・メディア時代のポピュラー音楽を読み解く 流行現象からの脱却』
勁草書房、2016年2月

博士論文を土台にした第一作『進駐軍クラブから歌謡曲へ』(2005)において東谷氏は、当事者への「聴き語り」という方法で、そうしなければ失われてしまう歴史を蘇らせることに成功した。

そういえば〈表象〉を論じる際に、〈表象〉の作り手が問題にされることは、実は多くない。文学も芸能も、すべて一面においては、時の流れのなかの出来事にすぎないのに、それらの出来事の作り手には、あまり注目がいかない。この世界では「お客様が神様」なのか、論の対象になるのは、受け手の心の中にできるイメージ(the represented)であり、それらの諸イメージの出所として権威づけられる小説家、映画監督、スター・パフォーマーばかりである。

「作り手の思いを引き出す」と銘打った第 III 部に収めた第7章「バンドマンはいかに戦後を歩いたか」は、陸軍軍楽隊後、クラシックではなくジャズバンドに行き場を求めた高澤智昌の「人生」を represent する。その章も味わい深いが、個人的に「もっと知りたい」気持ちを一番たきつけられたのは、「日韓の米軍クラブにおける音楽実践の比較から考える」という副題をもつ第5章である。日本とは異なる文脈で歴史を歩んだ韓国で、同じ「米8軍クラブ」が、どんな「衝撃」を与えたか、それを、生き証人の口を通して再現しようとする筆者の意気は高い。望むらくは、研究の「息」の長さだ。アメリカが支配した戦後の東アジアのポピュラー音楽の黎明という、実に興味深い視野を切り開くべき試みに、持続可能なサポートが得られことを切望する。(佐藤良明)

東谷護(著)『マス・メディア時代のポピュラー音楽を読み解く 流行現象からの脱却』勁草書房、2016年2月