新刊紹介 編著/共著 『ラインズ 線の文化史』

管啓次郎(解説)
ティム・インゴルド(著)工藤晋(訳)『ラインズ 線の文化史』
左右社、2014年6月

スコットランドのアバディーンを拠点として活動するイングランド出身のティム・インゴルド(1948-)は、現在もっとも注目を集めている人類学者だといっていいだろう。ラップランドのトナカイ牧畜民サーミ人のフィールドワークから出発し、人間が環境との相互作用において生きる技を学ぶ過程の考察にむかった。その思想はベイトソンの精神生態学、ギブソンの生態学的心理学、ベルクソンからドゥルーズにいたる生の哲学などと深 く共鳴しながら、近著『作ること──人類学、考古学、芸術、建築』まで一貫して強くトランスディシプリナリーな志向性をもつ。

本書『ラインズ』(原著2007年)は彼の代表作。いわば「線の一元論」とでもいえる存在=運動観により、ヒトの生を線の制作行為、作られた線の集積として論じてゆく。平面上に引かれる「軌跡」(ト レース)と三次元空間に延びる「糸」(スレッド)という(とりあえずの)区分に立ち、歌と言葉の表記、線描と記述、系譜、歩行と移動、地図制作に現れるラ インなどの性質を分析しながら、人間の生が深く関与するラインとそうでないラインの対比を浮上させる。たとえば手が描く線、徒歩旅行の足跡は前者。印刷された文字、点としての各地を効率よく直線でむすぶ近代的輸送システムは後者。

さまざまな文化圏や芸術領域から豊富な事例を引きながら線を論じる本書がめざすのは「生命の生態学」であり、その生態学は「交点と連結器ではなく、糸と軌跡の生態学でなければならない」。ヒトのみならず、すべての生物の「生活の道」が織りなす網状組織としての世界への覚醒にわれわれを誘う、きわめて刺激的な本だ。(工藤晋+管啓次郎)

管啓次郎(解説)ティム・インゴルド(著)工藤晋(訳)『ラインズ 線の文化史』