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橋本一径

「学術出版に絶滅危惧種のリストがあるとすれば、美術研究が一番上にリストアップされるだろう※1」。2006年8月4日付のThe Chronicle of Higher Education 誌が、このような不穏な見通しを伝えた背景には、イメージの複製権料の高騰という問題がある。同誌によれば、ルネサンス美術の専門家が、発行部数はわずか400部から500部の自らの研究書に図版を掲載するために、10,000ドルから15,000ドルを支払わなければならなくなるというケースも決して珍しくはないという。こうした状況は電子出版においても、改善されるどころか、むしろますます深刻化している。一例を挙げれば、紙の出版物であれば刊行時に一度だけ支払えばよかった複製権料が、オンライン出版の場合には、数年おきに更新料が必要となるケースもある※2。このような契約のもとでは、定期刊行物の場合、刊行を続ける限り、権利料の支払いは雪だるま式に増大することになってしまう。こうした問題を回避するため、美術系の学術誌が、オンライン版では画像の掲載を見送るという例には、多くの者が日常的に遭遇していると言っても過言ではあるまい。

このような現状に対する問題提起として、フランス写真学会(Société française de photographie)の刊行する機関誌Etudes photographiques は、2006年からオンライン版の公開を一時的に停止するとともに、「電子出版時代におけるイメージの権利」と題された声明を連名で発表した※3。また英語圏においては、教育・学術目的でのイメージの利用については、商業的利用とは別のルールを適用するという、いわゆる「フェアユース」の制度が定着し始めており、美術や映像系の学会が、著作などで図版を用いる際のガイドラインを、独自に公開する例も増えてきている※4。多くの会員が、何らかの形で「イメージ」と関係している表象文化論学会にとっても、こうした状況が対岸の火事ではないのは言うまでもないだろう。学会としてイメージの利用についてのガイドラインやステートメントを発表することを求められる日が、遠からず訪れるのかもしれない。もちろんその際には、法律家を交えての議論を積み重ねる必要があるだろう。しかし具体的・個別的な問題に立ち入るよりも前に、まずは歴史的・哲学的な観点から、研究者としての我々と「イメージ」との関係を見つめなおすことで、議論の土壌を整えるべきなのではないか。そのような問題意識のもとに企画されたのが、先の第7回研究発表集会でのミニシンポジウム「イメージの権利」だった。

登壇者それぞれの議論の内容については、本ニューズレターに掲載の報告に任せることにして、ここでその詳細に立ち入るのは差し控えておこう。あくまで個人的な見解を述べれば、営利目的を想定した著作権法にもとづいて、教育・研究を目的とする著作に多額の権利料が課されることには、明らかに問題があるし、憤りを覚えることもしばしばだが、かといって教育や研究という「大義」を振りかざして、無償や低額でのイメージの利用を声高に主張することにも、一抹の違和感を禁じ得ない。「権利」を賭金として、著作権者と研究者の間で綱引きを繰り広げることは、おそらく不毛である。だとすればイメージをめぐる権利を、所有者や利用者に帰属させるのではなく、イメージ自体に内在するものとして考察することはできないだろうか。質疑応答のやり取りのなかで提起されたこのような観点は、きわめて示唆的なものに思われた。会場からはそうした観点のナイーヴさを批判する声もあがったが、もとより議論のきっかけを作ることを目的とするシンポジウムであったのだから、その目的はある程度達成されたと言ってよいだろう。

問われているのは結局のところ、(複製技術時代における)「イメージ」とはそもそも何なのかという問いなのだ。そしてそれは19世紀に写真が発明された直後から、すでに問われていた問いでもある。ボードレールをはじめとする芸術家や批評家たちが、写真は「絵画」ではないと断じたときから、法律家たちは、作者のいないこの新たなイメージをめぐる権利を、著作権とは別の形で練り上げる必要に迫られたのだった。しかしながらこうした議論は最終的には、19世紀末になって、「写真」を「絵画」、「写真家」を「作家」と同等に扱うという折衷的なやり方によって、写真にも著作権が認められるようになることで、曖昧なままにとどめおかれてしまう。しかし写真が多くの点で絵画と異なることは明らかである以上(その意味でボードレールの断定は正しかったのだ)、絵画に準じた著作権を写真に適用すれば、様々な矛盾が現れるのは避けられない。今日イメージをめぐって噴出している法的な問題の多くは、こうした矛盾が表面化したものだと言えるであろう。「イメージ」とは何か、そのステータスはどのように定められうるのかについての議論を、先送りにしてきたツケが回ってきたのだと言い換えてもよい。そしてこの問いをさらに先送りにする猶予は、もはや残されていないはずだ。

橋本一径

[脚注]

※1 Howard, Jennifer. "Picture Imperfect." The Chronicle of Higher Education 52.48 (2006). Gale Biography In Context. Web. 27 Dec. 2012.

※2 André Gunthert, Didier Rykner, Jean-Baptiste Soufron, Giovanni Careri et Corinne Welger-Barboza , « Le droit aux images à l’ère de la publication électronique », Études photographiques, 19 | Décembre 2006, [En ligne], mis en ligne le 27 août 2008. URL : http://etudesphotographiques.revues.org/index930.html. Consulté le 28 décembre 2012.

※3 Ibid.

※4 例えばSCMS(Society for Cinema & Media Studies)によるガイドラインについては以下を参照。http://www.cmstudies.org/?page=fair_use(2013年1月17日アクセス)