新刊紹介 翻訳 『神話と伝説』

田中純(監訳)、坂口さやか(訳)
マリ・グリフィス(著)『神話と伝説』
ありな書房、2012年8月

ロンドン・ナショナル・ギャラリーの収蔵品を主題別に紹介するガイドブックシリーズの1冊である本書では、タイトル通り、古代世界に由来する神話(『イリアス』、『オデュッセイア』、『変身物語』など)や伝説を主題とする絵画作品と、それにまつわる、数々の英雄的、悲劇的、あるいは官能的な物語が紹介されている。イメージを学ぶ者でなければ知る機会の少ないこのような物語を、まとめて読める点においてだけでも、本書は一般読者にとって有意義である。だがそれだけでなく、この小さなガイドブックでは、神々と人間、動物の間の境界が曖昧だった太古の時代に発生した神話や伝説が、中世ではキリスト教の真理や隠れた道徳上の事実を含んだ物語として理解され、ルネサンスでは古典古代の芸術を理解し再現させることを望んだパトロンたちの権力誇示などに利用され、現代では、最後に紹介されるカプーアの《マルシュアス》のように、大いなる自然の力として理解され、それぞれ表象されていることが見て取れる。そこでは神や女神、ニンフや怪獣などの登場人物たちが躍動した神話世界が息絶えることなく、人々にインスピレーションを与え続けていたことが感じられるだろう。(坂口さやか)