新刊紹介 翻訳 『自然と権力 環境の世界史』

海老根剛(共訳)
ヨアヒム・ラートカウ(著)『自然と権力 環境の世界史』
みすず書房、2012年7月

本書は、これまで主に環境、技術、医療が交差する領域で研究を行ってきた歴史家の主著である。本書において、ラートカウは、環境の歴史を人間と自然とのハイブリッドな諸結合の組織化、再組織化、そして解体の過程として考察しているが、この結びつきは資源との物質的な関係にとどまらない。それは知性的、情動的、感性的な結びつきでもある。それゆえ、本書では、環境史は自然を対象とする歴史研究の特殊な一部門としてではなく、そこで政治史、経済史、技術史、思想史、心性史といった諸分野が合流する「全体史」の要として理解されている。

こうした環境史のコンセプトを実践するにあたって、ラートカウは人間と自然との諸結合の歴史を、ユクスキュル的な意味での「環世界」(Umwelt)の概念を下敷きにして描き出している。特定の歴史的状況において森林や河川などの自然環境に関わる諸々のアクターは、それぞれに異なる仕方で環境を知覚し、それと関わることで、みずからの「環世界」を作り上げている。これら多数の「環世界」の隣接と重なりが、歴史的環境を形作るのであり、それらのあいだに生じる軋轢が、環境の危機として、権力の介入する結節点となるのである。本書は、こうした観点から環境をめぐって作動する権力の歴史的様態を描き出すユニークな試みである。(海老根剛)