新刊紹介 単著 『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』

長谷正人
『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』
岩波書店、2012年7月

本書のもとになったのは月刊誌『GALAC』における、2009年から2012年にわたる連載であり、著書のtwitterアカウントでは「一か月のうち10日間は山田太一のことしか考えない(笑)という生活を3年間続けた」という発言もあった。そのような膨大な時間がかけられたのは、とはいえ、著者自身が述べている通り、研究としての包括性や網羅性が追求されたからではない。著者はここで視点をあくまで自分自身に密着させ、テレビを視聴する「私」を自ら観察する方向へ進んでいる。

観察は、ふたつの時間を重ね合わせることによって進行する。ふたつの時間とは、連載の間、山田太一のテレビドラマ(その多くは連続ドラマシリーズである)を見つづける時間と、かつて70年代〜80年代にリアルタイムで見つづけていた時間である。両者の対比においてモアレ状に浮かびあがるもの、それが本書の分析においてきわめて重要な役割を果たす。逆説的な言い方になるが、著者は、自分が捉えられなかったものをこそ捉えようとしているからだ。

『映画というテクノロジー体験』からの一貫した主張として、著者は、超越的にすべてを透明に見渡し、そして、記憶する、そのような理想的な「観客」を目指す研究態度に異議を唱えている。映像の観客はむしろ鈍感で、偏っていて、様々なものを見逃し、すぐに忘れてしまう。その生きる時代に徹底的に拘束されている。それらは観賞行為において除去すべき欠陥やノイズなどではなく、むしろ必要不可欠な要素である。著者が身をもって提示しようとするのは、そのような「弱い」観客像だ。この「弱さ」は、著者が山田太一の作品に見出した「敗者」の主題と深く関わっている。方法論と分析対象とが同時に姿を現すかのような記述が非常にスリリングだ。(三浦哲哉)