トピックス 6

シンポジウム
「わざ継承の歴史と現在──身体・記譜・共同体」

日時:2015年9月13日(日)13時~18時
会場:法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎5階S505教室

本シンポジウムは、伝統芸能、ダンス、スポーツなど、さまざまなジャンルの専門家がそれぞれの知見を持ち寄って、わざ(身体技法、スキル、達成すべき動き)の継承をめぐる研究や実践の報告・討議をおこなうという趣旨で開催された。専門を異にする10人の報告を通じて探求された問いは、「歴史のなかで、わざを記録するメディア(記譜・写真・映像)が発達し、教え手と学び手の間の社会的な関係が変化したときに、それはわざの継承の方法に、ひいてはわざそのもののあり方に、どのような影響を与えるのか? 」というものだ。

シンポジウムを企画した立場から、その成り立ちについて一言したい。文部科学省の共同利用・共同研究拠点に認定された法政大学能楽研究所の公募事業の一つとして、2014年度より「現代能楽における「型」継承の動態把握──比較演劇的視点から」(研究代表者:横山太郎、分担者:山中玲子、中司由起子)という研究プロジェクトがスタートした。そこで、能楽の事例を研究する前段として、各分野を代表する専門家を講師として招き、分野横断的にわざ継承の実態を学ぶことを目的として研究会を重ねた。その研究会の成果をひろく公開するために、講師全員を一同に集めたシンポジウムの開催を企画するに至った。

わざの継承とは何だろうか。ひとまず、ある人の身体ができることを、別の人の身体もできるようになることだ。その一見当たり前の現象の学問的含意は甚大であり、研究史をさかのぼるなら、モース、ブルデュー、ライル、ハワード、ポランニー、レイブ&ウェンガー、ヴィゴツキー、ゴッフマン、ギブソンといった名前が次々とあがってくる。これらを受けながら、日本の伝統芸能の伝承を視野に入れた研究として、生田久美子らの「わざ言語」論、福島真人らの認知人類学、菅原和孝らの身体化の人類学などがあげられる。本シンポジウムは、これらの先行研究をふまえながら、わざ継承の「歴史性」にフォーカスすることを目指した。

従来の研究では、一見不合理であるかに見える徒弟制的システムが実はそれなりの合理性を持つことであるとか、記譜や言葉による客観的記述ではなく状況に埋め込まれた直観的なコミュニケーションによる伝え方の効能だとかを強調する傾向にある。しかしそれらは、果たして現在観察されるようなあり方に昔から固定されてきたのか。それぞれのわざ継承のあり方や、そこでの「合理性」自体が、ときどきの歴史的条件の中で変容しているのではないか。

一方、学校での技能教授や、わざを言葉やメディアで客観的に記述・表象する伝え方は、上述した徒弟制的、間身体的わざ継承のプロセスと対置されがちだが、実際には両者は相互に深く浸透している。そして、「わざの記録・表象」のメディアは、記号による記譜から写真、映像、コンピューターグラフィックスへと変遷している。そのことはわざ継承にいかなる影響を与えるのか。

冒頭の趣旨説明において、私(企画者)より以上のような問題意識と、それに基づいてわざの継承のされ方を歴史の中での動態において捉えようとするアプローチを取ることを述べたのちに、分野横断的な報告と対話が展開された。第一部のトピックは、わざ継承における記譜と記録メディアの役割である。バロックダンスの記譜法(湯浅宣子氏)、能楽の型付(藤田隆則氏)、ラバノテーション(中村美奈子氏)、身体鍛錬と科学計測メディア(増田展大氏)、京舞井上流の稽古(岡田万里子氏)といった事例を通じて、古今東西にわたる記譜と身体の関係が探求された。討議において岡田氏が、「記譜を介さない間身体的な伝承が安定的にわざを伝えること」にあらためて注意を促したのは、企画趣旨に対する貴重な批判的応答であった。

第二部では、わざを伝承する師弟間のコミュニケーションや指導方法が、それを取り巻く共同体のあり方の変化(「学校化」等)といかに関係するのかが問われた。中国の伝統演劇「秦腔」の俳優養成学校(清水拓野)、京都花街の多重的な人材育成システム(西尾久美子)、スポーツや学校体育における運動技術の伝達法(林容市)、歌舞伎の「型」の伝承(児玉竜一)、イザドラ・ダンカンの舞踊学校におけるダンス継承(柳下惠美)といった事例が扱われた。第一部にも言えることだが、これらのトピックが伝承コミュニケーションという共通の文脈で議論されたこと自体が、報告者同士にとっても聴衆にとっても、非常に刺激的だったと思う。また、伝承の場に対する伝統的共同体と近代的学校という二項対立的な把握が適切ではないことが、今回あらためて確認できた。

会場からは、ハイペースで多人数による報告が続き慌ただしかったという声も聞かれたけれども、個々の発表内容と全体の企画意図については、総じて好評であった。参加者の背負うディシプリンは、芸能史、演劇学、舞踊学、音楽学、人類学、スポーツ科学、経営学、メディア史など様々であったが、そうした差異を超えた対話の可能性を示すことができたことも収穫である。「分野横断」ということばは、とかく掛け声だけに終始しがちだけれども、本シンポジウムにおいては、そうした試みが本質的に求められる問題をめぐって、有意義な学術的交流が実現されたといってよいだろう。(横山太郎)


主催:公募型共同研究「現代能楽における「型」継承の動態把握―比較演劇的視点から」研究会

プログラム

  • 趣旨説明:横山太郎〔跡見学園女子大学文学部〕
  • 第一部 記譜と記録メディア

    司会:中司由起子〔法政大学能楽研究所〕

    パネリスト(報告テーマ):

    • 湯浅宣子「ボーシャン=フイエ・システムによる宮廷舞踏の記譜と復元」〔バロックダンス実演研究家〕
    • 藤田隆則「能楽の実践における手段の目的化──芸道共同体の一般理論にむけて」〔京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター〕
    • 中村美奈子「舞踊記譜法の歴史的展開──ラバノテーションを中心に」〔お茶の水女子大学基幹研究院(人文科学系)〕
    • 増田展大「身体鍛錬の歩き方──20世紀初頭の身体技法とイメージ」〔立命館大学先端総合学術研究科〕
    • 岡田万里子「京舞井上流と祇園女紅場の稽古法」〔桜美林大学人文学系〕
  • 第二部 コミュニケーションと共同体

    司会:山中玲子〔法政大学能楽研究所〕

    パネリスト(報告テーマ):

    • 清水拓野 「中国伝統演劇(秦腔)の俳優養成の歴史について」〔関西国際大学教育学部〕
    • 西尾久美子「京都花街の人材育成」〔京都女子大学現代社会学部〕
    • 林容市「スポーツ・体育における運動技術の伝達法」〔法政大学文学部〕
    • 児玉竜一「歌舞伎における「型」の伝承」〔早稲田大学文学部〕
    • 柳下惠美「イザドラ・ダンカンの舞踊学校とダンカン舞踊の継承」〔早稲田大学文学学術院総合人文科学研究センター〕