新刊紹介 編著/共著 「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係

門脇耕三、國分功一郎、千葉雅也(ほか共著)
『「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係』
LIXIL出版、2015年7月

現在の日本の建築界において、ひとつの潮流を形成しつつある「シェア」にまつわる動きを、実践的な試みの紹介も交えながら、多角的な観点から検証する――ごく端的にいえば、これが本書の内容である。

さて、「シェア」と言っても、この言葉が想起させるイメージは、きわめて多様である。カーシェアリングなどの「モノのシェア」、シェアハウスなどの「住まいのシェア」、コワーキングスペースなどの「場所のシェア」はもちろんのこと、オープンソース運動や、二次創作などの原作改編型の創作も、複数の主体が知識や創作のプロセスを共有しているという点で、「シェア」の一形態だと見なすことができる。本書は、このように多方面で生起している「シェア」を、近代的に整備された空間と社会システムが、その整然と秩序だった構造を融解させながら、新たな構造に組み替えられようとしている過程の一断面である、と見立てることから出発している。

近代以降に登場した都市空間や建築空間では、曖昧模糊とした全体を、単一的な機能に特化したいくつかの部分にいったん分割し、それらを再度連携させることによって、全体をあたかも一つの大きなシステムのように高効率で稼働させるという考え方を、あまねく観察することができる。たとえば近代都市は、就業地と居住地を面的に分離し、前者には生産を、後者には人口の再生産を担わせるともに、両者を鉄道網や道路網で連結することによって、都市全体の生産性を高めることを意図してデザインされたものであるし、この過程で、特定の用途に特化した建物の計画手法が確立され、学校や病院、集合住宅といった建物類型、つまり「ビルディング・タイプ」が誕生した。また、こうした近代的な空間では、その利用者である人間もまた、類型的に構想されたことも特筆すべきだろう。

加えて、こうした発想は、空間の設計のみにとどまらない。たとえば、成長期の日本における家族典型である、仕事に出かける男親と、家事や育児に専念する女親を中心とする核家族も、成員が性別に役割を分担し、両者が「夫婦」や「家族」という一種の制度で結ばれるという点で、都心と郊外の構図と一致する。すなわち近代化とは、空間や社会システムを類型的なモジュールに分割するとともに、そのモジュールの主体をも類型化する動きであったといって差し支えない。一方で、現在の日本で勃興しつつある「シェア」は、多くの場合、近代的な空間システムや社会システムのモジュールを前提としながらも、その利用の主体を複数化することにこそ特徴がある。したがって、既存の空間システムや社会システムのモジュールには、「シェア」を媒介として、当初は想定されていなかった関係性が取り結ばれることになるのであるが、このことは、往々にしてツリー状の構造を持つ近代的なシステムが、ネットワーク状に自己再組織化している過程であるとも捉えることができる。

本書では、上記のような認識を前提としながらも、「都市化・近代化・市場化」(第1章)、「政治・家族・コミュニケーション」(第2章)、「働き方・生き方・価値観」(第3章)にそれぞれ焦点をあてる構成を採用している。各章では、各々のテーマに即した「シェア」に関する実践的試みも紹介しているが、これらの実践は、近代的な空間や社会制度が融解するさまを、具体的に理解する助けとなることだろう。また、こうした実践は、主として若い世代の建築家によるものであるが、本書は、現在の日本における建築作品の動向を、最先端の建築論とともに紹介するものとして捉えることもできるだろう。

さらに各章では、章中に収められている数々の実践に、包括的な理論的枠組みを与えることを目的として、冒頭にインタビュー記事、章末に論考を納めている。インタビューと論考は、さまざまな分野の専門家にご担当いただいたが、これらは建築学と都市学に基盤を置く本書に拡がりを与えるばかりではなく、新たな課題を提示するものとしても、重要な位置付けを獲得している。たとえば國分功一郎氏へのインタビューでは、建築・都市論においてもますます重要性を高めている、都市空間や地域社会での合意形成の政治的仕組みについて議論がおよび、千葉雅也氏へのインタビューは、「シェア」が喚起する建築論が、意外にも思弁的実在論やオブジェクト指向存在論の文脈に接続しうることを示唆するものとなった。

いうまでもなく、都市や建築は、一部の専門性によってのみ独占される対象ではない。本書が、建築・都市分野での議論と、思想・哲学分野をはじめとした諸分野での議論を「シェア」する端緒となれば、編者としては幸甚である。また本書については、日本建築学会の【ウェブサイト】にも、吉本憲生氏による優れた書評が掲載されている。ご興味を持たれた方は、あわせてご一読いただきたい。(門脇耕三)

門脇耕三・國分功一郎・千葉雅也(ほか共著)「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係LIXIL出版、2015年7月