新刊紹介 | 単著 | Erkenntnis und Bild: Wissenschaftsgeschichte der Lichtenbergischen Figuren um 1800. |
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Haru Hamanaka
Erkenntnis und Bild: Wissenschaftsgeschichte der Lichtenbergischen Figuren um 1800.
Wallstein Verlag, May, 2015.
《知のイメージ》──学問的な営みにおいて、知の構築に関与する視覚的イメージをこのように呼ぶとすれば、本書の対象である〈リヒテンベルク図形〉もその一種といえるだろう。ドイツの実験物理学者G・C・リヒテンベルク(1742-99)が1777年に発見したリヒテンベルク図形は、現在の物理学では沿面放電として知られているが、発見当時は樹脂やガラスなどの絶縁体に放電した後で粉末をふりかけると、それが独特の図形をかたちづくる現象をさしていた。電気が可視化されるだけではなく、電荷の種類(正と負)によって異なる形をとることもあり、当時の電気研究では画期的な発見として広く受容されていた。
本書は、18世紀末から19世紀初頭にかけてのリヒテンベルク図形をとりまく研究史を同時代的な文脈のなかで再構成し、その科学史・視覚文化論的な意味を探求している。この現象についてこれまで空白となっていた、発見より間もない頃の受容と研究状況を明らかにしたという点だけでも意義があるが、本書の最大の特徴はリヒテンベルク図形というイメージをめぐって当時、自然科学研究の場でおこなわれていた実践行為に光をあてたことにある。
リヒテンベルク図形は発見当初、まずは詳細に記述され、さまざまな銅版画の手法を用いて図版化が進められた。また、細かな粉末からなるという特徴を利用して直接に紙に転写する方法も開発された。さらに、同図を用いて文字や絵を描くことも試みられたほか、図形の形をモデルとして電荷の種類を表す記号が考案されさえもした。このような受容史の描写を背後に据え、著者は現代ではかならずしも科学的であるとはみなされないこれらの実践が、1800年頃には学問的な営みにほかならず、近代科学の黎明期における認識の枠組みの転換に深くかかわっていたことを、同時代の気象学、天文学、色彩理論、植物学、化学の事例──雲の分類、水の氷結結晶、月面図、色三角形、植物の実物刷り、化学記号など──と並行させて追跡していく。
視覚的イメージが知の形成においてどのような役割をはたしているのかという問題は、近年、西欧を中心とする科学史と図像研究のいずれにおいても関心を集めている主題の一つである。その中で従来の《知のイメージ》研究は、主として自然科学における図版やスケッチ・素描などの図像、写真やX線、CTスキャンなどの可視化の技術を対象としてきた。一方で本書は、リヒテンベルク図形という、それ自体が独自の性質をもったイメージをめぐるさまざまな実践に注目し、イメージによる知の産出の諸相を多角的に浮かび上がらせている。科学史、視覚文化論、そして認識史のあいだを行き交いながら、近世から近代への移行期における知の様態への視座を切り拓く一冊である。(坂本泰宏)