新刊紹介 翻訳 『トリスタン・ツァラ伝 ダダの革命を発明した男』

塚原史(共訳)
フランソワ・ビュオ(著)
『トリスタン・ツァラ伝 ダダの革命を発明した男』
思潮社、2013年4月

本書は、二〇世紀以降の表象文化の原点ともいえるダダ(イズム)を創始したルーマニア出身のトリスタン・ツァラ(本名サミュエル・ローゼンストック1896-1963)の全生涯を詳細にたどった最初の伝記(François Buot, TRISTAN TZARA l’homme qui inventa la révolution Dada, Grasset, Paris, 2002)の全訳である。著者のビュオは一九五七年生まれのフランスの伝記作家で、チューリッヒとパリのダダの通史的記述に加えて、ルーマニア時代の若き詩人イオン・ヴィネアとの交友、一九二〇年代パリでの文壇的野心と挫折(ツァラがルヴェルディと文学賞を争って敗れたことなどはあまり知られていないエピソードだ)、三〇年代のコミンテルン活動家ミュンツェンベルクの影響、五〇年代のハンガリー動乱時に現地からソ連の軍事介入を批判した発言、さらにはガイシン、バロウズらとのパリでの出会いなど、実証的資料が少ないために、いわゆるアカデミックな研究者があえて立ち入らなかったツァラの人生の側面にも、生き残りの証人とのインタビューを重ねて大胆な光を当てている。とくにフランス共産党系知識人から多くの証言を引き出していて、この過激なダダイストがなぜコミュニストへ「変身」したかというツァラ研究最大の謎の解明に大きく踏みこんだ点でも注目される著作である。(塚原史)