新刊紹介 編著/共著 『ベケットを見る八つの方法 批評のボーダレス』

川島健・岡室美奈子(共編)
『ベケットを見る八つの方法 批評のボーダレス』
水声社、2013年3月

本書はサミュエル・ベケットをめぐる論集である。

ベケットの登場以降、難解な作家や不条理な作品などが登場すると「ベケット的」という形容詞が使用され、革新的な作家や作品には「ポスト・ベケット」という時代区分が適用されるようになった。「ベケット」は一人の作家の固有名であるとともに、ある種の現象名ともなったと言えるだろう。しかし「ベケット的」と称される作家や作品に共通項を見出すことは意外に難しい。

本書のタイトルは、巻頭を飾るノーベル賞作家J・M・クッツェーによるベケット論からとられている。ベケットを読むための八つの視点を自由に並置するクッツェーに倣い、本書では、アメリカ、イギリス、フランス、日本を中心とする第一線の研究者による二十一の論文が、八つの章に収められている。クッツェーのほかスティーヴン・コナーやブリュノ・クレマンらによって、境界、主体、イメージ、動物、幽霊、メディアなどの観点から論じられる「ベケット」は、緩やかに重なりつつも、それらをまとめる中心はない。ときには相互に矛盾する議論によって埋め尽くされる本書は、多様な広がりをみせる研究の現状だけでなく、現象名となった「ベケット」のあり方をも反映している。(川島健・岡室美奈子)