新刊紹介 単著 『言葉と奇蹟 泉鏡花・谷崎潤一郎・中上健次』

渡部直己
『言葉と奇蹟 泉鏡花・谷崎潤一郎・中上健次』
作品社、2013年5月

本書は、近現代日本文学を対象に、渡部直己がこれまでに公刊してきた三冊のモノグラフィを集成した浩瀚な一冊である。すなわち、『幻影の杼機――泉鏡花 論』(初版1983年、増補版1996年)、『谷崎潤一郎 擬態の誘惑』(1992年)、『中上健次論 愛しさについて』(1996年)の三著が収録されているわけだが、それらが渡部の批評的営為において占める位置、そして文学一般に対してそれらが有している意義については、安藤礼二による解説に委曲を尽くされているので、ここでは、改めて三作を通読してみて個人的に印象に残った点をメモしておきたい。この三人の作家がモノグラフィの対象として選ばれた理由として、彼らが反復によって「多様性」と同時に「一貫性」を実現しえた点を渡部は本書の序文で挙げている。とすれば、彼らの作品の反復となっている三著もまた、相互に反復し合っているはずであり、事実、互いにまったく異なる三者の間に反復が生じたように思えた一瞬が集中最もスリリングだった。具体的には、鏡花と谷崎の間で、描写が再現=表象ではなくなる機微、そして登場人物がその徹底した受動性において読者の境位に通じる様態が、そして、谷崎と中上の間で、自らの生誕によって殺された者に与えられた場からそれゆえに追放された主体がそこに到達しようとする不可能な衝動(中上については「自作自解」において自ら「反問」がなされているとは言え)、外部がテクストに浸透する際の感触が反復される様が際立って鮮やかだった。(石橋正孝)