新刊紹介 単著 『科学と表象 「病原菌」の歴史』

田中祐理子
『科学と表象 「病原菌」の歴史』
名古屋大学出版会、2013年4月

ある現象に関して「歴史的に構成されている」と言うとき、そこには何が歴史的に構成されているのかという問いが生じる。歴史上のある時点に「細菌学が成立した」という言い方をわれわれは躊躇なく受け入れる。では同じことを〈細菌〉について語った場合、つまり歴史上のある時期に「細菌が成立した」と言ったらどうだろう――本書が追及するのはこの言明につきまとう違和感にほかならない。われわれが通常実在するものと考える「細菌」、そしてそれを対象にする「細菌学」、さらにはその通事的把握たる「細菌学の歴史」。本書はこの三者が成立する様態を、フラカストロ、レーウェンフック、パスツール、コッホという四つの固有名とその周辺を精査することで明らかにする。研究史的にはブリュノ・ラトゥール、イアン・ハッキングの探求してきた問題系の批判的かつ豊穣な敷衍と位置付けるべきもので、史的な実証調査と科学的対象の存在論的検討をともに繊細な手つきで行ない、対象と方法の双方において領域横断的思考を見せてくれる。本書が科学史の記述の断面に哲学的思考を示す点でフランス科学認識論(épistémologie française)の系譜に連なるものであることは明らかであろう。しかもそこに顕微鏡で観察される細菌像をも分析対象として加えることで、知覚-表象研究としての性格が重なり、多層的で豊かな書物となっている。まさに『科学と表象』というタイトルにふさわしい労作である。(奥村大介)