新刊紹介 | 単著 | 『介護するからだ (シリーズ ケアをひらく)』 |
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細馬宏通(著)
『介護するからだ (シリーズ ケアをひらく)』
医学書院、2016年6月
とてつもない観察眼だ。見ること、聞くこと、語りかけることが複雑に交叉する場所で、介護職員と認知症高齢者の、双方の「からだ」が互いをさぐりあい、形をつくる。さぐりあいはコンマ秒単位、目にも止まらぬほど高速で、しばしば当事者たちにも意識されない。著者はビデオ録画とフィールドノートをもとに、そこに即興のダンスのような、複数の行為の「ずれ」と解消の時間的構造を見出し、ほどいていく。そのまなざしと、ことば。
本書のことばの特徴は、逐一記述すれば長大になってしまう複雑でミクロな相互行為の「勘所」をわかりやすく教えてくれることだ。その記述には、つい真似をしてからだを動かしたくなるリズムがある。読みながら私も、二枚の尿とりパッドを重ねて、ずらして、いや穴をあけて…と、記述されたジェスチャーをやってみてしまう。わかりにくい動作については、いざわ直子氏によるリラックスしたイラストレーションが照らしてくれる。本書じたいがいわば、読者を共同の探索行為へと誘う、開かれた「からだ」をもっているのだ。その誘いは、読者それぞれの介護行為の現場だけでなく、日常のちょっとした相互行為の見え方も変えるだろう。本書を読んだ後では、釣り銭をうけとるときの相手と自分の手のリズムを意識しないわけにはいかない(なんと高速で交わされるダンス!)。
本書後半では、観察は学童保育における食事や、知的障害者による絵画や彫刻、「音遊び」にも広がる。通底するのは、開かれた相互行為に対する著者の活き活きとした関心だ。録画映像とのつきあい方(時には音声だけ流してみる…)の記述も、専門を越えて研究のヒントをくれる。映画論やパフォーマンス論にも、大きな刺激を与える本だ。(平倉圭)