新刊紹介 | 翻訳 | 『言葉の肉 エクリチュールの政治』 |
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芳川泰久(監訳)、福山智(共訳)
ジャック・ランシエール(著)
『言葉の肉 エクリチュールの政治』
せりか書房、2013年6月
ランシエールは闘っている。そのエクリチュールからは苛立ちのようなものが立ちのぼっている。最大に魅力は、発想に闘いの気配が常にただよっていることだ。本書のどことってもよいが、それがはっきり現れているのは、「〈ことば〉の出口」と題された序文のなかの、「文学は、自らが再稼働させてしまう受肉を挫折させることで、はじめて生きていけるのだ」という一文である。
ランシエールほど最終的に文学を、小説を肯定しようとしている哲学者はいない。ただし、文学の、小説の否定的な契機を見いだすことによってである。その一つが、大文字のエクリチュール=聖書のうちに見いだすフィギュール(前兆)である。旧約で語られたことが新約で実現したように語ること。それは、まぎれもなくすでに小説的な操作である。そこに、大文字から小文字のエクリチュールへの移行の兆しをとらえ、小説論を組み立ててゆく。これほど構想の大きい小説論はない。
詩については、闘う姿勢がより顕著だ。ワーズワースにしても、マンデリシタームにしても、エランボーにしても、その詩を読むことを通して革命に接近しようとしていて、さながら68年の闘士の姿を見る思いである。(芳川泰久)
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