新刊紹介 単著 『奥村雄樹 ジュン・ヤン』

星野太
『奥村雄樹 ジュン・ヤン』
美学出版、2013年3月

先行する作品について書かれたテクストはその作品に対して付随的な位置にあると一般的に考えられている。奥村雄樹による映像作品《ジュン・ヤン――忘却と記憶についての短いレクチャー》(2011)について書かれた本書もまた、奥村の作品に付随する批評的テクストである、とさしあたりみなすことができるだろう。

奥村の作品は、美術作家であるジュン・ヤンが行った「忘却と記憶についての短いレクチャー」という講演の記録映像を、講演当日に通訳を担当した小林禮子の発話/身振りを軸に再構成した映像作品である。本書は本作をsubtitle, shifter, becoming, parasiteという4つの概念を糸口に読み解いていく。そこで明らかにされていくのは、主題/副題、話者/通訳、台詞/字幕、実体/名前、さらにはジュン・ヤンのレクチャー/奥村の作品という、通常は非付随的primary/付随的secondaryと捉えられがちな二者択一な関係が、本作において交換され変容し、その区分を失効していく様である。

興味深いのは、本書において明らかにされるこうした奥村の作品の性格が、それについて論じた本書においても踏襲されているという点である。というのも、本書は、奥村の作品について論じた付随的なテクストであるものの、それと同時に、先述した4つの概念について論じた自立的なテクストとして読むこともできるからである。それゆえ、本書が奥村の作品に対して付随的か非付随的かという二者択一的な区分は実のところ意味を成さない。そうした奥村作品に対する本書の存在様態を、本書の用語を援用してparasiteと呼ぶことは間違いではないだろう。それは、著者が本書のタイトルを付けるにあたり、奥村の方法――言及する作者の名を主題に、その作品(講演)の名を副題に充てること、言及する作者・作品の傍らに自らの名を添えること――に倣っていることからも明らかである。本書は、奥村の作品を分析/解釈すると同時に、その分析・解釈を批評という地平において再演するのである。(林田新)