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シンポジウム「科学の図像・視覚文化研究の現在」

報告:田中祐理子

2024年8月20日、桜美林大学町田キャンパス・徳望館にて、同大の有賀雅奈さん主催(科研費・若手研究「生命科学論文の説明図への制作・掲載メディアの影響」による)のハイブリッド・シンポジウムに、報告者・田中も共催(同・基盤C「近現代科学の展開における図像の製作と伝達に関する歴史研究」として)の立場からご一緒することができた。冒頭から恥ずかしい私事だが、報告者自身は講演を準備できず、いわば「特等席の聴衆」である「司会」の役回りで参加させていただいた。ダストンとギャリソンによる重要な一冊『客観性』の邦訳(瀬戸口、岡澤、坂本、有賀暢迪訳、名古屋大学出版会、2021年)の大きな助けもあり、科学論・科学史という「科学知」に関わる研究と、視覚表象を対象とする表象文化論的研究が協働すべき領野としての「科学の図像とその視覚文化論」への入り口は、今日ますます多彩に増え続けている。非力な司会ながらも、なんとかこの魅力と意義ある探究についていきたい、そのように思わせてくれる迫力に満ちたシンポジウムだった。あらためて企画・主催された有賀さんと、登壇者の皆さんのご研究に深く感謝したい。なお、当日のプログラムをはじめ、シンポジウムの趣旨については情報サイト上で見ることができる[https://sites.google.com/obirin.ac.jp/visualculture/top]。

このシンポジウムのテーマである「科学の図像」は、自然科学研究の実践および教育の場で使われている図像全般を指す。テーマはシンプルだが、それだけに、対象とすべき図像は膨大にあり、かつそれらを「同一の名前で呼ばれるべきもの」として論じるための言葉を見つけることは簡単ではない。この「科学の図像」の「それがなんであるかは明らかであり、かつ、とらえにくい」という特性は、その図像を生み出している「科学と呼ばれる人間の知識」のありかたとぴったり結びついているものでもある。「科学の図像」は、「人間が獲得した(新しく・正しい)知識」を提示するために作成される。それゆえに「人間が(新しく・正しい)知識を獲得した」、その場面ごとに「科学の図像」は変容する/してきた。その変容を追いかけることは、「知る」という営為を成り立たせる条件における根源的な再編成や、その新しい知覚の条件が「科学研究」という境界を越えて生み出す規範的世界像を探る──そしてその「終わり」や「始まり」について問わせることになる。そうして、そこに浮かびあがるのは、つねに動きのなかにあり、またひとたび動いてしまうと「禁じられた道(バシュラール)」の向こう側に身を退いてこちらからは見えなくなる、いくつもの「科学」や「視覚」だ。それはすなわち、「歴史」としか呼びようのないものではないだろうか。

今回のシンポジウムは、大きく分けて「現代の科学」を成立させている図像を主に論じる第一部と、「歴史のなかの科学」に結びついた図像の動きを論じる第二部によって構成されていた。各部で三名ずつ登壇した講演と、そこで示された異種多様な「科学の図像」は、上述の「歴史」をそれこそ「視覚的」に私たちに見せてくれるような、大きな隔たり、質的差異といったものを湛えていて、本当に興味深いものだった。各演題は以下の通りである。

【第一部】

講演①有賀雅奈「科学の新しい視覚文化:グラフィカル・アブストラクトを考える」
講演②片岡良美(名古屋大学)「異分野研究者間の概念図を介したコミュニケーションの実際:学際的な共同研究のラボラトリー・スタディーズ」
講演③藏田愛子 (東京大学)「明治期の東京大学の画工:洋画習得から大学勤務へ」

【第二部】

講演④橋本毅彦(東京大学)「図像科学史の試論的総論」
講演⑤吉本秀之(東京外国語大学)「半人半魚像の転生:オアンネスから人魚姫まで」
講演⑥河野俊哉(東京大学)「『客観性』を踏まえた宇田川榕菴『植学啓原』、『植学独語』、ライデン大学所蔵植物図譜の考察」

『ネイチャー』等にいちはやく「発見」の事実を掲載するため(その際に当該の「発見」の意味や方法をひと目で、かつ余すことなく示しておくため)に作成される「グラフィカル・アブストラクト」のわずか十数年の間の展開(とその「様式確立」の実相)から、翼をもつ「半人半魚」という存在を伝える図像の二千年にわたる伝播と変容(それはやがて「アリエル」というディズニー製のキャラクターに収集されてしまう)まで。どちらの側を見ても、それは『客観性』が鮮やかに記述した、あの「19世紀的科学」が見出した「客観的世界」とは異質なところに成立するものだろう。そしてそのいずれも、間違いなく「科学の図像」なのである。なんだこれは?と問わずにいることができるだろうか。

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広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2025年2月23日 発行