ロンドン、ダブリンのダークツーリズムとゴーストツアー その語り、表現と日本におけるツアーとの比較可能性
人間の死にまつわる状況や現場を見世物として消費する行為は古くから世界中の様々な場所でおこなわれてきたが、それらが研究対象となり学術的な文脈で盛んに議論されるようになったのは比較的最近のことである。「ダークツーリズム(dark tourism)」という言葉は1996年のマルコム・フォーリーとジョン・レノンの共著論文で初めて用いられ*1、以降その概念についての研究がおもに観光学の文脈でおこなわれてきた。この用語に含まれるものの範囲についても議論があり完全に固定された定義はないが、フォーリーとレノンの最初の定義に従えば、「実際の、もしくは商品化された死や災害の現場の表現と(訪問者による)その消費」を指す言葉である*2。
*1 Malcolm Foley and J. John Lennon, “JFK and dark tourism: A fascination with Assassination,” International Journal of Heritage Studies 2, no. 4 (1996): 198-211, https://doi.org/10.1080/13527259608722175.
*2 Foley and Lennon, “JFK and dark tourism,” 198. 和訳は著者。
2024年6月、筆者はイギリスのロンドンとアイルランドのダブリンを訪れ、「ダークツーリズム」として分類することのできるツアーに複数参加した。具体的には、ロンドンで最も人気のあるダークツーリズムである切り裂きジャックツアー、ダブリンの「ダーク」な歴史について学ぶウォーキングツアー、そして、ダークツーリズムの中でも幽霊や超常現象に関連する場所をまわるゴーストツアーと呼ばれるツアーをロンドンとダブリンで1つずつ、の計4つである。本研究ノートでは、これらのツアーについて、そこでおこなわれていた語りや表現をダークツーリズムの一例として報告すると共に、日本におけるダークツーリズム、特にゴーストツアーに関する調査をおこなっている先行研究を参照し、それらとの比較をおこなうことで、日本のダークツーリズムに関する他国との比較研究の可能性について示す。
様々な要因に影響されるダークツーリズムの表現と語り
ダークツーリズムに関する研究では、なぜ人々がそれらに魅力を感じるのかという問題と同様に、そのツアーの倫理的な問題が頻繁に議論される。例えば前述したフォーリーとレノンの論文では、ケネディ大統領の暗殺にまつわる場所をめぐるダークツーリズムの例が分析されているが、そこで紹介されるシックス・フロア・ミュージアム(The Sixth Floor Museum at Dealey Plaza)は実際にオズワルドが大統領を暗殺した場所に作られている。この博物館は暗殺がおこなわれた場所に訪れるという行為に正当性を与えるため、その教育的な意義を主張している*3。つまり、大統領が暗殺された悲劇を知り、その歴史を風化させないためにこのような施設や展示が必要であるとすることで倫理的な問題をクリアしようとしているのだ。しかしこの博物館に設置されている土産物屋や、レンタルスペースとしてこの場所を貸し出すという企画が(当時)進行中であるという事実は、そのような建前とは対照的に非常に商業主義的であるとも彼らは分析している*4。
*3 Foley and Lennon, “JFK and dark tourism,” 204-206.
*4 Foley and Lennon, “JFK and dark tourism,” 207.
教育的な側面の重要性を主張しダークツーリズムの倫理的問題を解決しようとする態度は、すべてが事実とは限らない幽霊話を扱うゴーストツアーにおいてもみられる。ベアトリス・ロドリゲス・ガルシアはダークツーリズムの一種であるゴーストツアーの調査をスコットランドのエディンバラとスペインのトレドでおこなっている。ここでインタビューされた2つのツアー会社のマネージャーはどちらも、(幽霊の噂が本当かはわからないが)事実に基づいた物語を語って町の暗い歴史を知ることは、教育的であり道徳的であると主張している*5。
*5 Beatriz Rodriguez Garcia, “Management Issues in Dark Tourism Attractions: The Case of Ghost Tours in Edinburgh and Toledo,” Journal of Unconventional Parks, Tourism & Recreation Research 4, no. 1 (2012): 16, EBSCOhost.
このようにダークツーリズムの観光資源として分類される博物館やツアーは、たとえそれを消費する側の観光客に「怖いものみたさ」やエンターテインメントとして楽しもうとする感情しかなかったとしても、それらを提供する側としての一定の倫理的正しさを主張する必要がある。いかに時代が隔たっていようとも、その場所や物語には「死」が関係しており、現代の多くの国・地域の社会的・文化的文脈においてそれらの場所や物語は純粋にエンターテインメントとして消費すべきものではないからだ。そして、そのような状況は博物館の説明やツアーにおける語りや表現に大きく影響を与えている。
筆者が参加したロンドンの切り裂きジャックツアーでも同様に、エンターテインメントとしての消費を正当化させるための語りの工夫がみられた。切り裂きジャックは正体不明の連続殺人鬼として非常に有名で、数多くの文学・映像作品にもこの殺人鬼や事件をモチーフにしたキャラクターやエピソードが登場する。知名度が高いこともあって、毎日のように複数のツアー会社によって実際の現場をめぐるツアーがおこなわれているが、事件現場に訪れたり、その場所で被害者となった女性の状態を詳細に語ったり、そしてそれを見て聞いて消費したりすることは、非常に見世物的な行為である。筆者が参加した切り裂きジャックツアーの元祖を謳うツアーにおいても*6、死体が見つかった現場まで歩いていって事件当時の風景写真を見せながら、その場所で発見された経緯や死体の状況を詳細に語り、時には死体の写真までも見せる(ガイドは写真を裏返しにして参加者に渡し、その写真が回ってきたときに見たい人だけが表にして見る、という方式がとられていた)という露悪的なスペクタクルに富んだ語りがおこなわれていた。しかし同様にこのツアーでは「教育的」で「歴史的」な説明もなされていたという事実は一考に値する。ツアーガイドは、切り裂きジャック事件が起きた時代のイーストエンド(事件が発生した地区)には移民たちが暮らしており、仕事も少なく人口も増え続けスラム状態になっていたこと、犠牲になった娼婦(と記録された女性)たちは移民としてイギリスにやってきて、貧困とアルコール中毒の中で体を売っていたという歴史を語った。同時に、切り裂きジャック事件が起こった当時になされた犯人の推測における人種差別的な考えや、現代における一考察としてイーストエンドの近くに住む富裕層が起こした犯行である可能性なども示され、一連の事件にまつわる人種・階級的問題についても解説がなされた。このような語りは、非常に見世物的であるこのツアーに教育的な側面を加え、ダークツーリズムをおこなう際の倫理的問題に対するある種の弁明にもなっている。紙幅の都合上詳細は省くが、ダブリンで参加した2つのツアーでも同様、過去におこなわれた残酷な拷問についてジェスチャーを交えて詳細に説明する語りと同時に、そのような悲惨な出来事が起こった歴史も詳しく解説する場面があった。このようにダークツーリズムが常に抱える倫理的な問題は表現や語りに大きく影響を与え、見世物的な語りと教育的な語りのバランスが考慮されたツアーが構成されるに至っているのである。
(画像1:切り裂きジャックツアーの様子、筆者撮影、参加者の顔が判別できないよう編集済)
また、ツアーの語りは参加者の属性によっても変化することがある。今回参加した4つのツアーのうち3つで、参加者の出身をたずねられた。この問いは参加者にアクティブな参加を促す世間話としての意味の他に、英語のネイティブスピーカーが多いかどうかを確かめ喋るスピードを変えたり、共通の知識がどのくらいあるかを確認したりする意味合いも込められているように思われる。ロンドンで参加した2つのツアーでは、半数強の参加者がイギリス出身(United Kingdom)であると答えており、切り裂きジャックツアーでは実際に「ネイティブスピーカーが多いため、普通のスピードで喋ります」というアナウンスがなされた。そのため筆者のような英語が母語でない参加者にとっては説明が聞き取れず苦労する部分も多々あったが、それでもツアーの中では参考として多くの写真が使われており、詳しくわからなくても雰囲気を楽しむことができるような一定の配慮はなされていた。
また、ロンドンで参加したゴーストツアーは10人程度の比較的少数のツアーで、その内容はロンドン市内の幽霊が出没すると噂される場所に歩いて赴き、ガイドがイギリスの歴史的事実を紹介しながらその場にまつわる幽霊のエピソードを語る、というものだった*7。このようなツアーの流れの中で、有名な出来事が起こった年号や有名な人物をガイドが参加者にたずねる場面もあった。例えばロンドン塔の前で話されるアン・ブーリンのエピソードにおいて、ヘンリー8世の名前を答えさせるといった風である。日本における歴史上の有名な出来事を日本で生まれ育った人達が教科書で学ぶように、イギリスの学校で習った出来事をイギリス人がゴーストツアーの中で復習するという構図で、実際にイギリス出身と答えていた参加者がすぐにガイドが質問した年号や人物を答え、ガイドの語りをインタラクティブなものにしていた。このような質問はイギリスの歴史を知っている人が多い、もしくは誰か答えられる人がいるであろうと推測されたためにおこなわれた語りであるといえる。
一方アイルランド、ダブリンで参加したゴーストツアーは多くの部分がバス移動で*8、参加者は半数近くがアメリカ人であった。移動中の車内では様々なダブリンの怖い話や幽霊にまつわるエピソードが語られた他、レクリエーションとしてアメリカの有名なホラー映画のBGMを流し、その映画のタイトルを当てるというゲームがおこなわれた。このレクリエーションについてはもちろん、ダブリンの幽霊とはまったく関係がない。アメリカ人でもなくホラー映画にも興味のない人からすればかなり疎外感が感じられるレクリエーションであり、アメリカ人、もしくはアメリカのホラー映画や文化をよく知っている人がツアー参加者に多いと想定された上での構成要素であると推測できる。同様にダブリンの闇の歴史にまつわる場所を歩いてまわるダークダブリンツアーにおいても*9、アメリカの大ヒットドラマ「フレンズ」(Friends)に関するジョークが共通の話題としてガイドの説明途中に挟まれるなど、ところどころでアメリカ人観光客が想定されているであろう語りがなされていた。
*8 詳細はhttps://ghostbus.ie/を参照。
*9 詳細はhttps://www.unearthedtours.com/darkdublintourを参照。
さらにツアーがおこなわれる場所やガイドの政治的信条や社会規範に対する考え方によっても語りは変化する。特にそれを実感したのはダブリンで参加した2つのツアーにおけるガイドによって示されたクィアリーディングである。ダブリンのゴーストツアーでは移動中のバスの中でアイルランドの作家によって書かれた有名な数々の怪奇小説が紹介されたが、その中でもシェリダン・レ・ファニュによって書かれた『カーミラ』(1872年)は、「史上初めてのレズビアンの吸血鬼が登場する作品」であると紹介された。同性愛者としてのカーミラの表象については多くの議論がなされ、非常に有名なトピックであるが、それでもツアーがおこなわれた空間が非常に保守カトリック的、もしくは同性愛嫌悪的な空間であったならばこのような話題は曖昧な形で語られたかもしれない。また、ダークダブリンツアーではダブリンの旧市街と外部を隔てていた昔の外壁を見学し説明がおこなわれる場面があった。ここでは街の外部である場所は疎外され周縁化された人々が往来する空間で、そこには娼婦(と括られて呼ばれた人々)だけでなく同性愛者も存在していた可能性があるという話がなされた。アイルランドは2015年、世界で初めて国民投票によって同性婚が認められた国であり、筆者が訪れた6月はプライド月間だったこともあってダブリンの空港から街中に至るまで多くのレインボーフラッグが掲げられていた。そのような状況と、一つのツアーでなされた語りを直接的に結びつけることはやや強引かもしれないが、国、そして国民がクィアフレンドリーな環境であるからこそ(ゴーストツアーの参加者にアイルランド人はいなかったが)ツアーにおける語りの中で小説のクィアリーディングとしての読みが紹介されたり、歴史の中でのクィアの存在が示唆されたりすることが容易であるのだとも考えられる。
(画像2:ダブリンのゴーストバスツアーのバス、筆者撮影、通行人の顔を編集済)
日本におけるダークツーリズム、特にゴーストツアーとの比較
ここまでロンドンとダブリンにおけるツアーを紹介し、様々な要因や背景によって調整され形作られているガイドの語りや表現について分析してきた。最後にこの節では、日本におけるダークツーリズムと他国のダークツーリズムの比較研究の可能性を示す。
日本において「ダークツーリズム」という言葉は2013年に出版された東浩紀編集の『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド ――思想地図β vol.4-1』*10によって比較的広く知られるようになり、その経緯もあってかこの言葉自体が災害に関連した場所をめぐるツーリズムと結び付けられることが多い。しかし筆者はここでホラー研究者として、日本におけるダークツーリズムの中でも特に幽霊や超常現象にまつわる「心霊スポット」を巡るようなゴーストツアーの実践とそれに関する先行研究に注目したい。
*10 東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド ――思想地図β vol.4-1』ゲンロン、2013年
日本のゴーストツアーについては、数としては少数ではあるものの非常に興味深い観光学、文化人類学分野における先行研究が存在する。アンドレア・デ・アントーニは、以前京都で実施されていた「京都怪談夜バス」ツアーに2010年と2011年、計5回同行しフィールドワークをおこなっている*11。2009年に始まったこのツアーは非常に人気を博し好評であったが、2012年、突然ツアー全体が中止になってしまう。このツアーを主催する観光会社に対してデ・アントーニが質問したところ、怪談バスの作り出すイメージによって同会社が企画する他のツアーに参加するツアー客が気味悪がり、会社全体の集客数が減ってしまうからといった趣旨の返答が帰って来た。さらに観光会社が提携している、バスを貸し出すバス会社が、夜に行われるからというだけでなく、「不気味なツアーに行きたくない」と社員に嫌がられるという理由で通常よりもレンタル料金を高く設定しており、それもあって採算がとれなくなってしまったのも中止の理由だという。バスツアー自体は非常に話題を呼んでおり、熱烈に参加を希望する人も多い一方で、そのようなゴーストツアーを不気味だと感じる他のツアーへの参加者やバス会社の社員たちが、会社のイメージによってその会社のツアーを避けたり、レンタル料金を上げたりしたことで、立ち行かなくなってしまったということなのだ。
*11 アンドレア・デ・アントーニ「死者へ接続するツアー――現代京都におけるダークツーリズムの再考」『観光学評論』第1巻第1号、2013年、81-93頁
矢ケ崎太洋と上原明の共著論文にも異なる興味深い事例の報告がある。彼らは論文の中でタクシー会社S社の「心霊スポット巡礼ツアー」についてフィールドワークをおこなっている*12。そもそもこのツアーはタクシー会社の入社希望者が年々減っているという危機的状況の中で、タクシー業界に興味を持ってもらいたいという理由から広告の意味を込めて始まったものであり、一番の目的は利益を出すことではない。またこのツアーでは最初に安全確保、迷惑防止を目的とした誓約書に記入する必要があり、さらにはめぐる心霊スポットも、公共性の高い場所、そして最近の事件は扱わないという配慮をおこなっている。そして、場所の雰囲気だけではなく近隣の迷惑になりづらい場所という理由で、もともと市街地に近い心霊スポットを巡っていたツアーの目的地が(調査の時点では)郊外に、より遠方になってきているという。この事例からは、利益を出すことを目的としないためにツアーを続けられているという事実、そして、万が一何かあった際の安全確保や近隣への迷惑となることへの配慮がよくなされているためにツアーが続けられている可能性が高いことが示唆される。
*12 矢ケ崎太洋、上原明「「夜」に対する人間の恐怖と好奇心――日本における心霊スポットとゴーストツーリズムの事例」『地理空間』第12巻第3号、2019年、271-274頁
このような先行研究事例から読み取れるのは、日本においてゴーストツアーをおこなう際には、安全の確保や近隣への迷惑をかけないようにすることが強く求められ、また多くの熱狂的ファンがいたとしても、同様にそのようなゴーストツアーを不気味がる人も多く、結果としてそれ自体で利益を生み出すことが難しいということである。実際に日本におけるゴーストツアーを調べてみても、気軽に参加できるようなものはほとんど存在しておらず、全体として数が少ないことがわかる。
これらと比較した際に、筆者が今回参加したツアーはすべて市街地でおこなわれていたという事実は興味深い。特にロンドンの切り裂きジャックツアーは、幽霊に関するツアーではないものの、人通りも非常に多いエリアを20人ほどのグループで歩くという状況は少なからず「近隣の迷惑」として解釈されるものである。もちろんまったく配慮がないわけではなく、少し開けた場所や人通りの比較的少ない場所で立ち止まったり、横断歩道を急いで渡って交通の妨げにならないようにしたりするなどして周囲への影響を最小限にしようという工夫はなされている。しかしこの切り裂きジャックツアーでは実際に一人の女性が殺された場所の建物に行き、ガイドがレーザーポインターで建物の一つの窓の当たりを指しながら「建物は変わっているが、ちょうどこの窓のあたりの部屋でした」と建物を指し示し、さらには当時の写真もみせながら、詳細に事件の様子を話すという場面があった。今も利用している人がいるのであまりじっくり見るのはやめましょう、といってその場を去ることになるが、このような行為は矢ケ崎・上原の先行研究をふまえれば観光会社が企画するような日本のツアーでは恐らくあり得ない光景であろう。
また、観光客やバス会社の社員が「不気味である」ということを理由にゴーストツアーとそれに関係する会社を避ける、という事例を紹介したデ・アントーニの研究は、ロンドンやダブリンにおけるゴーストツアーの盛況ぶりと日本におけるゴーストツアーをめぐる状況を比較する上で参考になる。ここから、「心霊スポットに行ったら祟られるのではないか」「何か悪いことが起きるのではないか」と考える日本において主流の宗教観、文化的価値観と、そうではないと考えられるイギリスやアイルランドとの比較可能性が浮かび上がる。つまり、宗教的・文化的な価値観によってゴーストツアーにおける語りや表現が変化する可能性、もしくは、そもそもゴーストツアー自体をおこなうことが困難であるか、採算がとれない事実につながるという可能性である。この点について詳細に議論するには、さらなる調査や分析が必要になるだろう。
ここまでロンドン、ダブリンにおけるダークツーリズムに分類されるツアーの紹介と分析、そして日本におけるダークツーリズム、特にゴーストツアーと他国のツアーとの比較研究の可能性について論じてきた。日本におけるダークツーリズム、そしてゴーストツアーについては議論・分析の余地が多く残されており、ツアーの中でどのように恐ろしい話や伝説を表現しているのか、そもそもなぜツアーという形式で恐ろしい話が語られる機会が少ないのか、などについて今後より多くの事例調査や分析をおこなう必要があるだろう。
※本研究ノートは、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2110 の支援を受けたものである。