単著

小池陽慈

マンガ森の彷徨いかた:批評理論で名作を楽しむ

三省堂
2024年8月

物語を論じてみたい初学者にとって最初の一冊となるような本だ。記号論からカルチュラルスタディーズまで、文学あるいは物語を分析するためのいくつかの重要な理論的枠組みが取り上げられている。マンガ作品を例に引きつつ基本的な概念を一つずつ解説するスタイルは初心者に優しく、文章も平易で読みやすい。本書を通読すれば、記号の働きを理解し、テクストを読み解き、表現やそこに現れる価値観を評価していくという批評的な文学/文化研究の基本を捉えることができるだろう。

同時に、例として挙げられるマンガ作品が絶妙に通好みなのもうれしい。『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人/作画:アベツカサ)といった最新の話題作から、『寄生獣』(岩明均)、『SUNNY』(松本大洋)、『違国日記』(ヤマシタトモコ)といった名作まで多くの作品が豊富な図版と共に引用されており、現代マンガの多様な表現にも触れることができる。

基本的な理論的枠組みの解説という性格が強い第2部までに対し、第3部以降では作品の価値判断に関わるような一歩踏み込んだテーマが並ぶ。とりわけ最終章「表象の向こうへ」は、表象と現実とのズレに注目し、文化表現の政治的な次元に迫ろうとする応用的な議論となっている。ここで付け加えるなら、本書全体を通して浮かび上がってくるのもまた、理論と実際の表現とのズレではないだろうか。作品分析にとって理論は有用だが、文化的な表現には常に理論的に捉えきれない余剰も含まれているはずだ。理論を踏まえたうえで、改めて個別の作品と出会い直すことが必要になるだろう。本書もまた、文学/批評理論から出発しつつ、その向こうにある実践へとさらなる一歩を踏み出すための一冊に違いない。

(陰山涼)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2025年2月23日 発行