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ドラマトゥルクがいると何が生まれたか ドラマトゥルク・ミーティング報告

報告:中島那奈子

ドラマトゥルクは、舞台芸術作品の創作過程でリサーチを助け、作品分析を行うことで、作品を深化させる役割と言われる。本企画は【ドラマトゥルク・ミーティング ドラマトゥルクがいると何が生まれるか? 実践的思考と創造プロセスの生成】をコンセプトに、2024年3月20日―23日に、京都の二つの劇場(京都芸術劇場春秋座/ロームシアター京都ノースホール)で開催された。これは、第一線で活躍する国内外のドラマトゥルクによる日本で初めてのミーティングであり、ドラマトゥルクの創造的な役割を紐解くレクチャーやセミナー、ワークショップを通して、従来の作品づくりを乗り越える対話型の新しい作り方に出会う機会を提供した。この企画は、以下のコラボレーターに協力を依頼し、企画内容を協議しながら準備を行なったものである。

コラボレーター(肩書きは開催時):

岡元ひかる:ダンス研究/芸術文化観光専門職大学助教
中島那奈子:ダンス研究/バンフ・センター(カナダ)ダンスドラマトゥルク
長島確:ドラマトゥルク/東京芸術祭FTレーベルプログラムディレクター/東京芸術大学准教授
ピル・ハンセン:ダンスドラマトゥルク/カルガリー大学教授/パフォーマンス・スタディーズ・インターナショナル前学会長
横山義志:ドラマトゥルク/SPAC-静岡県舞台芸術センター文芸部/ 東京芸術祭リサーチディレクター/学習院大学非常勤講師
シャーリーン・ラジェンドラン:アジア・ドラマトゥルク・ネットワーク共同設立者/シンガポール南洋工科大学教授

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ミーティング内容は以下の通りである。

3 月20 日(水祝)オープニング・シンポジウム

ドラマトゥルクの仕事には大まかな原則があるが、振付家や演出家の人柄や経験、作品内容、劇場制度、稽古期間や段階によって、柔軟にその仕事内容が変化する。今回のミーティングでは、ドラマトゥルクそれぞれの仕事をさまざまな側面から、一つの上演作品のように紹介することでドラマトゥルクの輪郭を描いた。初日のオープニング・シンポジウムでは「ドラマトゥルクがいると何が生まれるか?」(司会、岡田蕗子)をめぐって、パネル発表と全体討議が行われた。まず長島は、共同作業のファシリテーターとしてドラマトゥルクを位置付けた。ドラマトゥルクがいると、決定のプロセスが可視化され、開かれたなかで自覚的に行われるようになることで、集団作業の環境の質の向上にも結びつくとする。次にラジェンドランは、ドラマトゥルクがその空間に存在すると、演出家が演出する時間が減る代わりに、その場にいる皆に、言葉を通した気づきと対話をもたらし、変化を促すと語った。ラジェンドランは、そこでどのような変化が重要でありそれは何故なのか、を私たちに問いかけた。そしてハンセンは、ドラマトゥルギーを実践するメンバーの一人としてドラマトゥルクを位置付け、多くの芸術的戦略を知る生きたアーカイブでありながら、作品の所有権を持たないドラマトゥルクだからこそ可能になる、要素と要素を繋ぐ「あいだ」の役割を説明した。続いて中島は、カナダ・バンフセンターでのドラマトゥルクの事例を紹介した。ソロ創作の過程で混乱に陥ったダンサー/振付家マーク・サンプソンを助けるため、手で触れられるオブジェを小道具部門から借り出して創作を進めたことを、本人のコメントとともに説明した。岡元は、舞踏を含めたダンス研究ではアーティストに固有の文脈を一般化しすぎる危険があり、また、日本の踊りを分析する際のポストコロニアルな構図が孕む緊張関係を説明した。身体がもつローカルな文脈に根ざした語彙をどのように生み出すかは、ドラマトゥルギーに関わる問題だと、岡元は指摘した。最後に横山は、日本の公共劇場である公益財団法人静岡県舞台芸術センター(SPAC)文芸部でドラマトゥルクとして働く自らの仕事は、レッシング以来の「公共性」を生むサポートであり、その視点からプログラムを組むことだと述べ、世田谷パブリックシアターでの翻訳アルバイトの経験も紹介しながら、次世代のドラマトゥルクにメッセージを伝えた。冒頭で長島が、ドラマトゥルクの導入を権力の分散を通したハラスメント防止につなげたように、ここではドラマトゥルクがどのような集団の在り方を良しとするかが問われていた。そして、なぜ今、日本の創造の現場でドラマトゥルクについて考える必要があるのか、また、日本ではどう制度化できるのか、ドラマトゥルクとしての失敗はどのようなことかなどが、フロアも交えて討議された。

3 月21 日(木)レクチャー&セミナー

二日目は、その実践的思考と創造プロセスの生成について、それぞれのドラマトゥルクがその仕事を、それぞれの対話者と共に、より具体的に話していった。それは次第に、演出家、振付家、ダンサーや能楽師が加わるコール&レスポンスの形へと繋がり、ドラマトゥルクが作り手との間で大切にしている「対話」の形式に沿ったものとなっていった。

横山は、「演劇」の概念自体がヨーロッパの産物であり、日本の舞台芸術の歴史的展開にそぐわないことを説明し、アジアでドラマトゥルクは舞台芸術のコロニアルな枠組みとどう向き合えばよいのかを、再び問いかけた。長島はこれまでに携わった二作品、アーティスト主導の上演作品「アトミック・サバイバー」と、市民参加型の展示作品「←(やじるし)」とで、自らのドラマトゥルクの役割がどう変化したかを具体的に説明した。

ラジェンドランのセミナーでは、ドラマトゥルクの仕事は思想的リーダーシップ(thought leadership)の一環であり、意味のある対話や分析を展開する過程で、私たちは直感、知識、理解、経験、信念に基づくビジョンに導かれるという。真実や正しいとされること、正確で美しいとされることが常にそうであるとは限らないため、ドラマトゥルクは判断を保留し、変更やアイデアを見直すことにオープンでいなければならない。稽古場のどこに座ってどのように存在し、どのように耳を傾けるか。本当に聞くこと、そして深く聞き入ること、単に音を自分の中で通過させるのではなく、音の意味が自分の行動に影響を与えるような聞き方「傾聴」には多くのエネルギーと努力が必要とされる。「今、あなたが聞く中で、何に注意が向いていますか?何が気を散らしていますか?今、聞いてもらえていない、感じてもらえていない多くの考えがあります。それは何であって、その結果何が失われていますか?」静かに活性化されたラジェンドランの佇まいから、この空間に向かって多くの問いかけが投げかけられていることを、会場にいる私たちが身をもって感じた瞬間であった。

ハンセンは、アーティスティックリサーチにおいて、ドラマトゥルクが行うファシリテーションとそこでの倫理的配慮について掘り下げた。ダンサーの記憶を未来化(フューチャリング)することで振付を実践する方法と、マレー系カナダ人振付家リー・スーフェーを例に、自分自身や踊る土地について「知らない」ことを問いかける芸術的探求を紹介した。

それぞれのドラマトゥルクやアーティストからのレスポンスも刺激的で、ドラマトゥルクと協働した経験のある筒井潤(演出家/劇作家/公演芸術集団dracomリーダー)、中間アヤカ(ダンスアーティスト)による応答は、自らの実践を通して、難解な理論を理解することが出来るアーティスト独自の思考法が伝わってきた。また、岡元とダンサー/コレオグラファーの岩渕貞太の対話では、創作と研究のフィードバックの中で身体と言葉の更なる可能性がひらくことを、途中から突如立ち上がってパフォーマンスが始まる様子を通して体現していた。最後に中島は、「Outside Eyes/外からの眼差し」というドラマトゥルクが持つ客観性を紹介し、能楽師高林白牛口二との掛け合いで「離見の見」のデモンストレーションを行った。ここでは、能楽師の実践がドラマトゥルクの眼差しに通じる、ユーモアあふれる一つの山場を作り出した。

3 月23 日(土)ドラマトゥルク・ワークショップ+一般公開

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最終日は、ドラマトゥルク2 人が共同で率いる三つのグループに参加者がわかれてワークショップを行った。二日間で挙げられた、問いかけと創作、当事者性、振付の著作権、傾聴、ヨーロッパ中心主義を乗り越えるプログラミングといったトピックが扱われ、最後はその内容を一般参加者も含め共有する時間となった。ワークショップの最後で、舞台芸術での当事者のオーセンティシティ(真正性)と倫理の問題をめぐってフロアから出た質問に、会場の片隅ですっと立ち上がってピル・ハンセンがこう回答した。「障がい者の権利条約で知られているスローガンに、Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)というものがあります。このスローガンが意味するように、当事者や多様性の問題とその参画は切り離して考えることはできません。障がいについて書くためには、障がい者でなくてはいけないわけではありません。また、ある障がい者が障がいを持つ人全体を代表するわけでもありません。ただ、障がいを持つ人が関わることなしに、障がいについて書いてはいけないのです。それはあなただけに利益をもたらすのではなく、そこに関わる障がいを持つ人にとってもそうであるべきなのです。当事者のみで作品創作をすべきということではなく、その創作に携わる集団の中に、一人でも当事者が参加しているかどうか、そして当事者がそのことから利益を得ているかどうかが大切なのです。」

三日間のドラマトゥルク・ミーティングは、3月では稀な降雪以外は円滑に運び、これまで別々に手法を模索していた関係者にとっては、素晴らしい出会いと学びの場になったと考えている。WSには定員の二倍以上の申し込みがあり、会期中は全国各地から参加者が京都に集まり、このドラマトゥルクという仕事に若い世代からの関心が予想以上に高いことに驚いていた。また、マイノリティの権利保障が脱植民地主義と交錯する、シンガポールとカナダから来日したラジェンドランとハンセンから、私たち日本を拠点にするドラマトゥルクが、言語や文化の違いを超えて学んだことも非常に大きいものだった。欧米やシンガポールではドラマトゥルクがすでに制度化され、各ドラマトゥルク協会によって労働条件や創作環境の改善、経験値の共有、書籍出版も進んでいる。今回のミーティングが日本のドラマトゥルクをつなぎ、その経験を共有することで学び合い、今後の協会設立への一歩となることを望みながら、この流れを止めずに、次のドラマトゥルク・ミーティング開催に繋げていきたく考えている。

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ドラマトゥルク・ミーティングへのメディアの関心も高く、2024 年4 月10 日には毎日新聞全国版にこのミーティングの記事「専門知識基に舞台創作をサポート 異なる立場で作品に目を 「ドラマトゥルク・ミーティング」初開催」が掲載された。なお、ドラマトゥルク・ミーティング プレイベントとして、ピル・ハンセンの著書『Performance Generating Systems in Dance: Dramaturgy, Psychology, and Performativity』を読む」という企画も、アートシアターdB KOBEで3月14日に開催した。

URL:https://www.dancedramaturgy.org/

写真:大曾根麗奈

(中島那奈子)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年10月5日 発行