第18回大会報告

開催校企画ワークショップ Bring Your Kids! 学会と子育てについて考える

報告:渡部宏樹

日時:2024年7月7日(日)10:00-12:00
場所:H号館 H303(親子休憩室)

木下千花(京都大学)
三浦哲哉(青山学院大学)
野口福太郎(株式会社赤ちゃん本舗)
塩谷舞海(NPO法人ConoCo)
【司会】門林岳史(関西大学)


本パネルはまず木下千花氏が表象文化論学会における育児支援の歴史を紹介した。2013年に大会会場内での託児を実施し、以降、大会や研究発表集会の際に外部業者による一時託児に対する補助や親子休憩室の設置などを行ってきた。しかし、木下氏によれば、特に会場での託児や親子休憩室の利用は少なかった。2022-23年に理事会で大会・研究発表集会の実施形態について議論するワーキンググループが召集され、それに伴って実施形態にあわせた支援のあり方も議論が行われた。

この議論を受けて「子育て世代の会員のための学会参加支援ステートメント」が公表され、付随してアンケートが実施された。三浦哲哉氏がこのアンケート結果の報告を行った。33件の回答の中で、「託児サービス利用料の補助」(63.6%)ならびに「会場内託児所の設置」(72.7%)の二つの施策に対する支持率が高く、これは「ステートメント」で強調されている内容とも合致していた。数値的なデータに加えて、三浦氏はアンケートの中で寄せられたコメントも適宜紹介し、学会の子育て支援の現状と課題を説明した。

以上2名による説明の後に、本パネルの協力者2名が彼らの取り組みの発表を行なった。

まずは株式会社「赤ちゃん本舗」の野口福太郎氏(サステナビリティ推進統括部CSR推進部部長)が同社の歴史や企業理念を紹介された。赤ちゃん本舗は1932年に創業者小原正司により赤ちゃん用品の卸売業として成立し、のちに小売業に転換した。野口氏は、「安全・安心」や「簡単・便利」といった機能に関わる「スマート」と「楽しい・かわいい・新しい」といった情緒に関わる「スマイル」の両面から、マタニティ、ベビー、キッズを対象にした商品開発を行っていることを説明された。

一方、塩谷舞海氏は保護者や地域社会への子育て支援活動を行うNPO法人「ConoCo(コノコ)」の活動を説明された。大前提として「乳幼児期は大人の都合に振りまわされることなくその子の情緒の安定が第一に保障されるべきとき」という点を強調した上で、塩谷氏は職場で子育てをしながら働くために必要な「理解」と「環境」を得るための支援をConoCoが行っていることを説明された。

会場には、赤ちゃん本舗とConoCoが協力して用意した幼児用のマットや遊具などをまとめた設備一式が用意され、来場者が子供を遊ばせながら参加できるようになっていた。このように託児に必要な道具をまとめてパッケージ化することで、別の機会でもすぐに利用できるような仕組みを作ろうという意図である。また、このパッケージとは別に、ConoCoが普段利用しているおもちゃや絵本などを持ち込んで紹介してくださり、実際に遊んで体験することができた。

その後、門林岳史氏の司会のもと議論や意見交換が行われた。子供を連れて参加したのは私1人だけだったので、その観点からも簡単に記録や個人的な意見を残しておきたい。

【参加にあたっての報告者の個人的経験】
私は2023年の大会も子連れで参加した。その際に親子休憩室に案内されたところ、普通の教室にビニールシートが一枚敷いてあるだけで、非常に率直に言えば「うーん。ちょっときびしいな。」と思ったのを覚えている。受付の方からは「親子休憩室を使う人はもう何年もいませんでした。」と言われたので、おそらく木下氏以来の初めての利用者だったのだと思う。この出来事が2024年の本パネルの開催に影響を与えたわけではないとは思うが、とはいえ、前年にこうした経験をしたこともあり多少無理をしてでもパネルに参加することを決めた。

まず、アンケート結果で「会場内託児所の設置」が強く支持されていたが、一方で今回のパネルに子連れで参加したのが私1人だけだったことは、やはりそれがなぜなのか考える必要があるだろう。会場内託児があれば学会へ参加しやすくなるのは間違いないが、それがベストかどうかはわからない。あまりに幼い子供は会場に連れてくるリスクが高く、ある程度成長し自分の社会関係を築いた子供は土日に学会に連れてくる必要性が低下する。だとすると、子連れ学会参加が現実なのはどんなに早くても2歳くらいから小学校中学年くらいになると思う。この期間の内、特に幼児は毎年状況が大きく変化する。例えば、おむつが取れているのかどうか、言語の発達がどのくらいか、人見知りはするか、どういったおもちゃを好むかなどは、毎年変化し一定ではない。そんな中で子供を連れて学会会場に行くのは思った以上にハードルが高い。

一つの例として、今回3歳児を連れて本パネルに参加する際に私が何を検討したかを書いておく。

まず移動手段を考える。会場は兵庫県の関西学院大学で茨城県のつくば市からの移動なので、新幹線を使うか、茨城空港や成田空港から神戸空港まで飛ぶかを検討した。飛行機を使ったとしても電車を避けることはできないので、それぞれのルートを使った場合の乗り換え回数や乗車時間、駅のバリアフリー状況、費用、移動の時間帯と子供の生活時間の噛み合わせ、経路上にある子供がご飯を食べさせられそうな場所やホテルの位置などを確認した。結局、飛行機であれば二人分の料金がかかるので、今回は膝の上に乗せられる新幹線の自由席を利用することにした。

次に、新大阪駅から関西学院大学までのルートを具体的に決める。Googleマップを活用して関西学院大学の周辺の道路状況や高低差、バスの運行情報、また7月の酷暑の中でどのくらい直射日光に晒されそうかなどをチェックし、どの駅を最寄駅にすればそこから会場まで乳母車で移動できるかを検討する。選択した最寄駅に合わせて新大阪駅からの乗り換えルートを決め、無駄を省くために乗り換え予定の駅に合わせて徒歩圏内でホテルを選定した。ホテルは大人と幼児1人なので添い寝ができるように大きめのダブルベッドがあることを最優先に選んだ。実は当日は、新幹線が数時間運行停止になり東京駅で足止めされ、予定は最初から大幅に狂ったのだが、こうした検討内容に合わせておもちゃや携帯食を満載した乳母車で出かけたのでなんとか乗り切ることができた。

このように子供や家庭側の事情も学会や会場側の事情も毎年変化する中で、1日か2日の学会参加のために膨大な数の変数を調整するのは、肉体的にも精神的にもかなり大変である。だとすると、結局家庭内で面倒を見てくれる人を確保して預けるか、参加自体を諦めるのが現実的な選択になってしまう。そうなってしまう現実に抵抗しなければいけないという気持ちもあるので、学会会場での託児をという声には私も賛成する。とはいえ、現に私以外に子連れ参加者がいなかったことは、託児サービスを提供しただけでは、この現実的なハードルを乗り越えられないことを示しているのかもしれない。

この点については、さまざまな人の声を実際に聞いてみたいが、学会のオンライン開催と自宅への一時保育派遣サービスへの補助の方がより必要とされている可能性もあるだろう。ただし、これらの選択肢は相互に排他的なものではないので、学会の予算に応じてできる限り多様な選択肢があってよいとは思う。私も実際に学会会場での託児サービスを利用し、1パネルだけだが集中して参加することができ、大変ありがたかった。

【互助や支援の場としての学会】
私以外に会場での託児サービスの利用者がいなかったもう一つの理由として、そもそも人文系の研究者にとって子育てが贅沢品となっていることもあるだろう。学会会場に子供を連れていくべきかどうか悩むことができる研究者というのは、もちろんそこには苦労はあるのだけれども、相対的にかなり恵まれているのも事実だ。私の場合は子供を持ったのは任期付とはいえ数年単位の雇用を得てからのことであり、非常勤講師を掛け持ちして生計を立てる状況であれば子供を持つことに踏み切れなかっただろう。実際にそのような不安定な状況におかれた若手研究者は少なくない。

男性が幼児を連れて学会に出席するという私の行動自体も、新しいタイプのマスキュリニティーの衒示だと解釈される可能性はあるだろう。実際、子連れ参加を検討するときには「そう思われる可能性もあるし、そのような解釈を完全に否定し切ることは無理だよな。」とは考えた。ただし、解釈のレベルで誰からも反感を買わない振る舞いを求めていたら、何もできずに人生が終わってしまう。なので、私については、昨年の経験に対しての応答としてパネルを開いてくれたのであろうと勝手に想定して、子供を連れて参加するというわがままを通してみることにした。

社会の中で子供がただ存在することを「わがまま」だと捉えること自体が相当に異常な状況なのかもしれないが、現代の日本社会では子供を持つこと自体が贅沢だと認識されている。そもそも、アカデミックポスト自体が減っておりそれなりの業績がないと最初の職を得られない厳しい競争的環境に置かれた20代や30代の若手が、自分が不利になることを分かった上で子供を持つという選択肢をとることが難しくなっている。だとすると、子育て支援よりも若手や就職氷河期世代のキャリア支援のほうが先なのではないかと言う主張はありうる。もちろん、支援が必要な二つの事象を比較して相対的に恵まれている方への支援は必要ないという論理を採用していると、究極的には世界の最悪の問題だけしか支援できなくなってしまう。そうならないために、できるだけ多くの支援をということになるのだが、とはいえ学会に無限のリソースがあるわけではないのも事実である。

また、アンケートの回答の中には、自分自身がマイノリティーなのかもしれないがという留保をつけつつ、「学会員の育児支援自体は素晴らしいものの、女性として育児や出産を奨励されているようなプレッシャーを感じる」という趣旨のものもあった。この非常に重要なコメントは若手の置かれている経済状況の話ともつながる部分はあるのだが、それ以上に、学会という公的な組織がその組織の公平性や健全性を担保しようと取り組むときに、私的な領域に踏み込むことの矛盾や難しさを表現している。ある人にとっては学会が私的生活から切り離されていることに価値があり、別の人にとっては学会がフェアに開かれるためには私的生活で抱えている困難への支援が必要となる。しかし、困難の種類はさまざまで、ある困難に対する介入的支援が別の困難にとってはプレッシャーにも感じられる。そして支援に割けるリソースの総量にも限界がある。

もちろん、これまで学会が私的生活から切り離されて運営できていたとしたら、それは単に学会を成り立たせるための私的なケアが会場にいない誰かに押し付けられていたのだという見方が妥当だろうとは思う。こうした皺寄せを解消していこうと考えるならば、学会というものが必然的に、育児に限らず支援を必要とする人への互助や支援を行うものになっていくだろう。もちろん若手の雇用状況の改善は学会という組織の能力を超えた話だが、この10年で学会というもののあり方がよい方向に変わっていっているようで、そのことは素朴に嬉しい。

【表象文化論と子育て】
一点だけ上で紹介したコメントと見解が異なる部分としては、表象文化論学会に限っては「子供を持つ人」のほうが少数派だろう。あくまで自分の周りを観察した範囲でのことではあるが、子供を持たない会員は多いと感じられる。子供を持つと言う選択をしてしまうと、見ることができる映画や作品、行くことができる展覧会、読むことができる本の数は確実に少なくなる。したがって仮に十分な経済力があったとしても、自分の文化・芸術的な人生の豊かさのために子供を持たない、あるいはそもそも子供を持つことに興味や関心がないという学会員は多いように思う。

週末に子供のケアをしようとなったときに、安全性や清潔なトイレや体調を崩さない空調が効いていることなどを検討すると、どうしてもショッピング・モールに行くことが多くなってしまう。そうすると、自分の人生の膨大な時間がショッピング・モールで溶けていくのを感じざるを得ない。私は自分自身をポピュラー文化の研究者とみなしているので、ショッピング・モールで過ごす時間自体を、制度としての芸術や芸術家とは違う現象へのアプローチを考える手掛かりとして利用している。そのような形で焦燥感とのすり合わせや交渉を行っているのだが、子育てを行っている他の会員がどのように考えて日々の生活を送っているのかは知りたいと思う。

【最後に】
以上、本パネルに参加した雑感を記録したが、最後に、やはり学会外部の参加者を招いて意見交換をすることができた意義は改めて強調しておきたい。今回赤ちゃん本舗やConoCoがトライアル版として廉価で協力してくれたことで、会場内託児や学会内で育児について議論する場を作ることができた。彼らが経済的に持続可能な形で、協力関係を続ける方法を模索する必要がある。

儲からなければ事業は続けられない。欲望を商品という形で結晶化させ、社会の中に流通させなければ持続しない。今回私以外に利用者がいなかったように、表象文化論学会だけでは規模が小さくコストがかかりすぎるとしたら、他の学会と協力することも考えるべきかもしれない。もちろんそのように手を広げていたら学会の事務担当者に過大な負担になってしまうし、それで学会の本来の機能を果たせなくなってしまっては本末転倒だ。だとしたら、何をどうすればいいのか? 知恵を絞って欲望やわがままに形を与えたい。

いずれにしても、こうしたことを考えるにあたって本パネルは大変有益な機会であった。パネルの実現に尽力してくれた関係者各位に、改めてお礼を申し上げる。


ワークショップ概要

表象文化論学会では2013年より年次大会/研究発表集会開催時の一時託児および親子休憩室の設置に取り組んできた。今回、関西学院大学にて開催される第18回大会においては、新たな取り組みとして(株)赤ちゃん本舗から親子休憩室設置用のキット(備品・消耗品など)の提供を受ける。本ワークショップでは、赤ちゃん本舗および協力関係にある保育園ConoCoより、今回新たに開発した親子休憩室キットやその背後にある理念などについて説明していただく。学会において託児および親子休憩室の取り組みに関わってきた会員を登壇者に迎え、親子休憩室だけにとどまらない学会と子育てのあり方について討議し、今後この取り組みをより活性化させていくための方途を探りたい。

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年10月5日 発行