第18回大会報告

パフォーマンス 藤井敬吾と羽衣伝説──ギター・ミニコンサート

報告:向井大策

日時:2024年7月6日(土) 17:00-18:30 

場所:ベーツチャペル

司会:髙村峰生
演奏:藤井敬吾
ディスカッション:藤井敬吾、向井大策、髙村峰生


第18回大会の1日目は、照りつけるような日差しの中、最高気温が34度を超える猛暑となった。パフォーマンス「藤井敬吾と羽衣伝説──ギター・ミニコンサート」は、この日をしめくくるイベントとして、まだ暑さの残る夕方の5時から、関西学院大学のキャンパスの一角にあるベーツチャペルで行われた。80名ほどは入るように見えるチャペルの内部は、木の落ち着いた風合いで統一され、こじんまりとしながらも適度に開放感があり、ギターの演奏を聴くのには最適の空間だった。

藤井敬吾氏は、クラシック・ギターの名手として、またギター界では、沖縄の旋律を主題に高度な演奏技法を駆使して演奏される《羽衣伝説》の作曲者として、世界的に知られる音楽家である。この日のパフォーマンスでは、曲の演奏の前後に藤井氏自身によるトークをはさみながら、《羽衣伝説》を中心に多彩な曲目が披露された。わたしたちにとって、ギターという楽器は最もなじみ深い楽器のひとつと言えるだろう。もちろんクラシック・ギターともなれば、この日のプログラムで演奏された藤井氏の《羽衣伝説》や、たった1台のギターで見事に原曲を再現したギター独奏版によるラヴェルの《ボレロ》のように、常人の想像をはるかに超えるような超絶技巧の世界もある。その一方で、人びとの生活や信仰から生まれた無名の旋律──直前のシンポジウムにおいて、詩人の吉増剛造氏が紹介していた舞踏家・土方巽の言葉を借りれば、まさに「ネノネ(根の音/音の根)」──を、その素朴さのままにわたしたちに届けてくれるのもまた、ギターという楽器の魅力である。

直前のシンポジウムを聴き終え、その高揚感も冷めやらぬうちに急ぎ足で集まった様子の聴き手たちを前に、藤井氏はまず、中世スペインの無名の巡礼者たちの歌を集めた『モンセラートの“赤い写本”』の中に収められた2つの歌から、このコンサートを始めた。曰く、「ギターという楽器のレパートリーはとても広く、ひとつの楽器で中世の歌から現代曲まで演奏することができる。いつものクラシック音楽のコンサートとは違う、ギターならではのリサイタルを堪能してほしい」、と。

その言葉どおり、古今東西の様々な楽曲を集めたこの日のプログラムは、ギターによって奏でられる東西の文化交流史とでも言うべきコンセプトにもとづいて入念に選曲されたもので、その物語は、ギターの演奏とそのあいまに藤井氏の語るいくつものエピソードが重なり合い、半ば即興的に呼応し合うことによって、より豊かに肉付けられていくように感じられた。例えば、ヨーロッパが大航海時代を迎えていた16世紀、ルネサンス期のスペインの作曲家、ルイス・デ・ナルバエスによる2曲のディフェレンシアス(変奏曲)の演奏に続いて、その少しあとの時代に同地を訪れることとなる慶長遣欧使節団をめぐるいくつかの興味深いエピソードが、藤井氏自身が留学生活を過ごしたスペインの慶長遣欧使節団の時代の面影を深く残す街並みの思い出とともに語られる、といった具合に。

さらに、宣教師たちによってもたらされたスペインと日本を結ぶ音楽の縁は、近世の箏曲を代表する楽曲、八橋検校の《六段の調べ》のギターによる演奏へと続いていく。というのも、《六段の調べ》は、ディフェレンシアスと同様の形式(主題の提示が省略された変奏曲)にもとづいており、それゆえに《六段の調べ》は、宣教師たちがもたらした西洋音楽をモデルに作曲されたのではないか、としばしば言われてきたからである。学術的に実証されているわけではないが、こうしてふたつの楽曲を実際に並べて聴くことができる機会は非常に少ない。実は、《六段の調べ》はもちろんのこと、ナルバエスの楽曲もまた、ギターのオリジナル曲ではなく、ルネサンス期のスペインで愛好された、ビウエラと呼ばれるギターの前身に当たる撥弦楽器のためのものである。そのどちらもひとつの楽器で演奏してしまうことで、地理的に遠く離れたふたつの楽曲のあいだに、文化を超えた音楽的な結びつきを見出す。これもまた、ギターという楽器ならではの演奏表現の可能性と言える。

ふたつの文化を架橋した楽曲として、コンサートの最後に演奏された藤井氏自身の代表作である《羽衣伝説》についても触れておかなくてはなるまい。《羽衣伝説》は、藤井氏の友人で沖縄出身のギタリストである大城松健の依頼により、1992年に作曲された作品である。この作品は、沖縄の音楽家、山入端博の遺した《はごろもの民話》という歌の旋律にもとづくもので、沖縄を含め各地に伝わる「羽衣の伝説」から連想されるさまざまなイメージが、特殊な調弦や演奏技法を駆使しながら、ギターによって鮮やかに描き出される。曲中に表れるさまざまな和音や旋律的なモティーフを通して随所に琉球音階が響くが、それは単に沖縄を喚起させる道具として用いられているのではない。というのも、これらの和音やモティーフはすべて山入端の旋律から導き出されたものであり、藤井氏はシンプルなひとつの旋律に潜在する多様な可能性──それはこの曲で使用される特殊な調弦にまで及ぶ──を音楽的に汲み取りながら、この楽曲を構成している。それは、原曲の旋律の作者である山入端に対する藤井氏の深い敬意を示すものであるとも言えるだろう。

1時間半のコンサートは、作曲者自身による《羽衣伝説》の圧巻の演奏とともに、あっという間に終演の時間を迎えた。一般的に、学会という場でこうしたコンサートが企画される場合は、得てして内容も雰囲気もどこかアトラクション的なものに傾きがちだが、今回はまったく違った。言うまでもないことかもしれないが、最上のコンサートは最上の演奏だけで成り立つものではない。藤井氏の情熱と知性が調和した素晴らしいパフォーマンスに、聴き手もそれぞれ波長を合わせながら、じっくりと耳を傾ける。そうした時間を共有することができたのは、今回の大会においても特筆すべきことだったのではないかと思う。

注)《羽衣伝説》については、雑誌『現代ギター』の2018年1月号に藤井氏自身による詳細な解説(「レパートリー充実講座/羽衣伝説(藤井敬吾)」、pp.96-99)が掲載されており、本報告の執筆にあたって参照した。


パフォーマンス概要

関西学院大学のベーツチャペルを会場に、クラシックギタリスト・作曲家の藤井敬吾氏が自身の代表作「羽衣伝説」を含む古今東西の民族文化と関連の深い曲目を演奏する。「羽衣伝説」は、山入端博の旋律に基づき、沖縄の音階を取り入れながらギターの様々な特殊演奏技法を駆使した作品である。演奏後、音楽学の向井大策氏(沖縄県立芸術大学)、司会の髙村峰生、藤井氏の三者でディスカッションを行う。

曲目
■ Laudemus Virginem ・・・Llibre Vermell de Montserrat (1370)
Cuncti simus concanentes    モンセラートの“朱い写本”より
処女なる御母を讃え/声そろえ歌わん
■ La canción del emperador ・・・Luis de Narváez (ca. 1500 - 1552)
皇帝の歌
■ Diferencias sobre Guárdame las vacas ・・・Luis de Narváez (ca. 1500 - 1552)
牛を見張れによる変奏曲
■ 六段の調べ ・・・八橋検校 (1614 - 1685)
■ 彝族舞曲(イ族舞曲) ・・・王惠然 (1936 - 2023)
■ Recuerdos de la Alhambra (1896) ・・・Francisco Tárrega (1852 -1909)
アルハンブラ宮殿の想い出
■ Boléro ・・・Maurice Ravel (1875 -1937)
ボレロ
■ La Leyenda del Hagoromo
羽衣伝説 ・・・Keigo Fujii

藤井敬吾氏のプロフィール
北海道生まれ。ギタリスト、作曲家として活躍している。イギリスのギルド・ホール音楽院とスペインのオスカル・エスプラ音楽院に学び、1985年、ラミレス・コンクールとオレンセ国際コンクールにて連続して第1位となる。1996年、青山音楽財団より「青山音楽賞」を授与される。2017年にはスペインの大学院で授業を行っている。

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年10月5日 発行