第18回大会報告

パネル3 マイノリティ研究再考 現代美術における人種、ジェンダー、セクシュアリティ

報告:中嶋彩乃

日時:2024年7月7日(日)13:45-15:45
場所:H号館 H301

・草間彌生はいかにして「ハプニングの女王」になったのか?──マスメディアによる言説に注目して/武澤里映(兵庫県立美術館)
・アーリーン・レイヴンのパブリック・アート批評におけるレズビアン・アート・プロジェクトの影響──『公益の芸術』及び「宣誓」を分析対象として/松本理沙(京都芸術大学)
・グレイソン・ペリー作品における階級の問題──人種とジェンダーへの眼差しを中心として/中嶋彩乃(京都大学)
【コメンテイター】北原恵(大阪大学)
【司会】武澤里映(兵庫県立美術館)


「マイノリティ研究再考──現代美術における人種、ジェンダー、セクシュアリティ」と題した本パネルでは、20世紀から21世紀にかけての各地の芸術実践に関して、報告者を含む3名による研究発表がなされた。コメンテーターには大阪大学の北原恵氏を迎え、発表後にコメントと各発表者への質疑が行われた。以下、発表順にそれぞれの内容を要約したい。

武澤里映氏の発表は、草間彌生(1929-)のヌード・パフォーマンスにおける草間自身による自己表象と、マスメディアによる呼称との乖離に着目しながら、女性性、民族性、芸術性といった複数の要素が、言説の中でいかにして歪曲され、強調され、矮小化されてきたかを考察するものであった。本発表では草間の自称——「女王」をはじめ「女神」「巫女」「シスター」などがあった——に着目し、それらが多くのパフォーマーを率いる監督者としての自己像を強化するのみならず、草間の「無性」性を表すものであったことが指摘された。つまりその自称は、典型的アジア人女性像を演じつつディレクションを行うという側面で人種的・ジェンダー的規範を転覆し、同時に、女性が性と結びつけられることで正当な評価を得られなかった当時の芸術界への抵抗を目論むものだったのである。一方、日本のマスメディアは、自称では用いられない「ハプニングの女王」という語で繰り返し草間を名指した。発表内では実際の記述を確認しながら、「ハプニング」という語の使用によって、草間の実践が芸術と呼ぶに足らないものであることを揶揄する週刊誌の意図が考察された。加えて、草間とオノ・ヨーコをはじめとした女性著名人を総称する際に用いられる「ハプニングの女王」や「ヤマトナデシコ」の語用に、女性の性的側面の強調が見出された。作家の意図から離れたマスメディアによる他称は、草間の民族性を強調しながら性的にまなざすことで、日本からアメリカに向けたナショナルイメージをも反映した「お騒がせの日本人女性」という画一的イメージへと集約し、草間の実践を無価値なものとみなす意図があったことが結論として示された。

松本理沙氏の発表は、アメリカの美術史家アーリーン・レイヴン(1944-2006)による1980年代末から90年代にかけてのパブリック・アート批評における「コミュニティ」概念の内実を、70年代のフェミニズム/レズビアニズム実践との関連から捉え直すものであった。「コミュニティ」という語は、ある地域やそこに住まう人々の抱える問題を指す地理的なまとまりを指すものとしてパブリック・アート批評の興隆の中で関心が向けられてきた語である。これに対して、本発表ではレイヴンによる「コミュニティ」概念は、地理的なまとまりを超えた女性同士の連帯を重んじるものであり、さらに、平等を理想に掲げながらも「ジェンダー的、人種的、階級的」問題に十分に取り組むことができなかった、自身による70年代のフェミニスト・コミュニティを自省的に継承するものであったことが明らかにされた。援助やシスターフッドに基づくレイヴンの「コミュニティ」は、家父長制による社会のオルタナティヴとしての、あり得べき社会の姿を思い描くものであった反面、90年代に至ってもなお、レイヴンの実践が実際には白人中流階級中心主義から抜け出せていなかったことが指摘された。多様な人種や民族によって居住区が分割されているロサンゼルスという地域の、地理的なまとまりを考慮しなかったレイヴンのフェミニスト的/レズビアン的コミュニティのあり方を批判的に問いながら本発表は締めくくられた。

中嶋の発表では、イギリスの美術家グレイソン・ペリー(1960-)による6枚のタペストリー連作《小さな違いの虚栄心》(2012)を題材として、ペリーの立場性の再検討を行った。異性装や工芸の使用で知られるペリーは、性規範や現代美術界における一種のマイノリティとしての立場を強調し、覇権的な男性性の枠外に自らを置くことを試みてきた作家として知られている。《小さな違いの虚栄心》もまた、テレビ番組として公開された本作のためのリサーチが示すように、権力や体制とは距離を置いた客観的な観察者としてのペリー像を映し出すものとして理解されてきた。それに対して本発表では、一見すると現代イギリスの階級社会の様相を取材した成果を中立的に反映した表現の中で、本作が労働者階級出身の白人男性というペリーのオートエスノグラフィとしての側面を強く有していることを指摘した。そして本作がブリティッシュネスの探求を主題とする中で、有色の人々や移民文化を巧妙に他者化していること、さらに自らに重ねた労働者階級の白人男性性を中心化する意図が見られることを考察した。最後に、本作の問題点と、そこで描き出された白人男性のアイデンティティへの同一化の過程を明るみに出すという側面の意義について言及し、本発表は結ばれた。

三者の発表後には、コメンテーターに迎えた北原恵氏からの各発表者への質疑と、パネルの趣旨へと射程を広げた問題提起とが行われた。以下、各発表者に対する質疑を一部抜粋する。武澤氏の発表に対しては、マスメディアによる草間の「アジア女性」という民族性の強調は、当時の日本のメディアを占めていた男性による、日本人女性を男性の支配下に呼び戻すナショナリスティックな欲望を含むものではないかという指摘がなされた。ナショナリティの強調は草間の「天才」イメージとの関係にも話を広げ、武澤氏の応答では初期の日本の報道における精神疾患の扱いの変遷などに新たな切り口が見出された。松本氏の発表については、70年代に実際に活動していた北原氏の実体験を交えながら、当時地続きであったパブリック・アートと70年代のフェミニズム/レズビアニズムがいかにして断絶したかという問題が取り上げられた。スザンヌ・レイシーとレスリー・ラボウィッツによる、女性に対する暴力事件に端を発するパフォーマンス≪喪に服し、怒りに満ちて≫(1977)のために作られたホーリー・ニアによる楽曲「ファイト・バック」が北原氏を含む当時の日本のフェミニストにも浸透していたほど、当時はフェミニズムとパブリック・アートが当たり前に連続していたという。批評が形成されて行く過程で、フェミニズムの文脈が抜け落ちていったという問題系が、世代を跨いで浮かび上がったと言えるだろう。中嶋の発表については、《小さな違いの虚栄心》において、有色の人びとや男性以外のジェンダーが他者化されている一方で、他者としての異性愛以外のセクシュアリティの表象が見られないことが指摘された。同性愛などが表象されていないこと自体の政治性、さらにペリー自身による自らが異性愛者であることの強調と、先行研究によって指摘されるクィア性の矛盾などが俎上に載り、作家の自己演出の問題へと広がりを見せた。

発表およびコメントは予定通りに進行したものの、発表者による応答に時間を要してしまい会場との全体討議の時間が短くなってしまった点は反省点だが、コメントの中では3つの発表にまたがる「他者」の/としての表象・衣装の利用の問題や、経済システムの変化の中でフェミニズムとアートが利用されかねない状況の洞察が行われるなど、マイノリティ研究の「再考」に必要な視点を問う議論が開かれたことは、非常に有意義であった。


パネル概要

近年の美術領域では、ポストコロニアル理論、フェミニズム、クィア・スタディーズなどの方法論を用い、白人男性中心主義的な美術史を人種的マイノリティや女性、性的少数者といった観点から批判的に描きなおす試みが盛んになっている。本パネルは人種、ジェンダー、セクシュアリティという観点から周縁化された(あるいはその立場を主張する)「アウトサイダー」を扱いながらも、そこに内在する複雑なポリティクスを描き出すことで、美術史におけるマイノリティ研究自体を問い直すことを目的とする。

本パネルでは、美術史における白人男性中心主義を問い直すために、アメリカ、日本、イギリスの事例を取り上げる。武澤は1960年代から70年代の草間彌生によるハプニングを分析し、その批評に内在するアジア人女性へのまなざしとそうした批評を基にした草間自身の自己演出の様相を考察する。松本はアメリカの美術史家アーリーン・レイヴンを取り上げ、彼女の1980年代末から90年代半ばにかけてのパブリック・アート批評が、1970年代に行っていたレズビアン・アート・プロジェクトと連関していることを浮かび上がらせる。中嶋は「異性装者の陶芸家」という立場を強調しながら活動する現代美術家グレイソン・ペリーの制作実践における、人種やジェンダーへのまなざしを中心に考察を行う。コメンテーターには美術史におけるジェンダー問題について長年取り組んできた北原を迎え、人種、ジェンダー、セクシュアリティというこれまでの美術史が排除してきた視点を取り入れることで、豊かな議論を開くことを目指す。

草間彌生はいかにして「ハプニングの女王」になったのか?──マスメディアによる言説に注目して/武澤里映(兵庫県立美術館)

本発表は、草間彌生(1929- )が1960年代末に行っていたハプニングと呼ばれる一連のパフォーマンスにおける、草間のメディア表象と自己演出の関係性を考察するものである。

60年代後半から70年代初頭にかけて、草間彌生はアメリカ、日本、イギリスの各国で数々の街頭パフォーマンスを行った。それらは草間自身によってハプニングと名指され、多くの場合裸のパフォーマーが数多く参加し、マスメディアによるセンセーショナルな注目を浴びた。この中で草間はしばしば、ただ一人の服を脱がない演者としてパフォーマンスの場に立った。

このようなヌードパフォーマンスにおける草間の立ち位置は、各国メディアによって「ハプニングの巫女priestes」や「ハプニングの女王」と呼ばれた。他方、その呼称の由来については複数の記述で揺れがあり、その詳細はいまだ明らかではない。さらに、米国では巫女、日本では女王と呼ばれているという差異は、草間のアジア人という人種的影響をも含みうるものである。
 本発表では、一連のヌードパフォーマンスにおける草間独特の立場とそのメディア表象の関連性を考察する。それにより、先行研究にも指摘があるアジア人女性という立場に関する草間の自己演出がこうしたハプニングにも及んでいることを確認し、メディアイメージを巧みに利用する草間の手法を分析する。一連の発表によって、マイノリティについてのメディア表象と当事者自身の表象の利用の双方を分析し、メディアとマイノリティの複層的関係を明らかにする。

アーリーン・レイヴンのパブリック・アート批評におけるレズビアン・アート・プロジェクトの影響──『公益の芸術』及び「宣誓」を分析対象として/松本理沙(京都芸術大学)

本発表は、アーリーン・レイヴン(1944-2006)による1980年代末から90年代半ばにかけてのパブリック・アート批評の考察を行うことで、彼女が1970年代に行っていたレズビアン・アート・プロジェクトの影響を浮かび上がらせるものである。レイヴンは、ジュディ・シカゴらとともにフェミニスト・スタジオ・ワークショップを設立し、1977年にはレズビアン・アート・プロジェクトを始動させたことで知られるアメリカの美術史家である。このような経歴を持つ彼女は、1989年になると『公益の芸術』、1995年にはエッセイ「宣誓」を発表し、その後のアメリカにおけるパブリック・アート批評に大きな影響を及ぼすこととなる。

本発表ではまず、パブリック・アート批評におけるフェミニズムやゲイ解放運動からの影響と比較することにより、レイヴンが関わったパブリック・アート批評プロジェクトにおいて、レズビアンのエンパワーメントはほとんど議論されてこなかったことを明らかにする。続いて、コミュニティという概念に依拠することで、レイヴンのパブリック・アート批評が、レズビアン・アート・プロジェクトでの活動と地続きであることを示す。以上の考察から、1980年代末から90年代半ばにかけてのパブリック・アート批評をレズビアンのエンパワーメントという観点から捉え直すことが可能になるだろう。

グレイソン・ペリー作品における階級の問題──人種とジェンダーへの眼差しを中心として/中嶋彩乃(京都大学)

グレイソン・ペリー(1960- )はエセックスの労働者階級の家庭に生まれ、母親の不倫や継父からの暴力などによる苛烈な少年時代を過ごしたことで知られる。異性装者の陶芸家という、性規範やアートワールドにおけるアウトサイダー的立ち位置も相まって、その実践はジェンダー二元論の否定、さらには規範的な境界の侵犯といった観点から論じられてきた。その一方でペリーの守備一貫しない自己定位と荒唐無稽な発言の端々からは、体制への単純な抵抗としては読み解き難い、規範への迎合が見出されるように思われる。

本発表ではタペストリー連作《小さな違いの虚栄心》(2012)を例に、ペリーの制作実践が白人異性愛者男性以外の視点を周縁化していることを批判的に検証する。ドキュメンタリー番組「すべて可能な限り趣味よく」(2012)を通じた市井の人々へのリサーチに基づいて制作された本作は、現代イギリスの階級と趣味の関係性を的確に示したことや、既存の階級に基づいた趣味のヒエラルキーへの抵抗としての側面が評価されてきた。その一方で、本作が描くのはペリーの半生を彷彿とさせる白人異性愛者の男性ティムの成功と悲劇を中心とした物語であり、ここにおける階級はジェンダーおよび人種を等閑視しているように思われる。本作における階級への眼差しを作家の男性性に関する言説と合わせて考察することで批判的な視点を投げかけるとともに、そこになお多義的な解釈の余地が残されることの意味を検討したい。

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年10月5日 発行