パネル4 女性マンガとジェンダー化・コード化された言語
日時:2024年7月7日(日)16:00-18:00
場所:H号館 H302
・Under Censorship: Exploring Coping Strategies in China’s Yaoi Community through Analysis of the Social Networking Service ‘LOFTER’/梁景怡(龍谷大学)
・The Overlooked Case of ‘Female Hikikomori’: Representation in Manga/Madeeha Nawaz(龍谷大学)
・オトメンの言語表象について/木村祐子(龍谷大学)
【コメンテイター】石川優(名古屋市立大学)
【司会】渡邉早貴(龍谷大学)
本パネルでは、三名の若手研究者が三つの異なる観点から女性向けマンガにおけるジェンダー化・コード化された表象を分析した。本パネルの目的は、やおい(二次創作)マンガ、エッセイ・マンガ、少女マンガのジャンルを多角的な視点から考察することで、マンガとセクシュアルマイノリティ、引きこもり、「オトメン」という社会現象・キーワードと「マンガ」という媒体における表象を解明することであった。マンガ研究、とりわけBLとやおいマンガを専門とする石川優氏がコメンタイターを、そしてBL研究を進める渡邉早貴氏が司会を務めた。発表者と司会は、初めての学会大会登壇であったため緊張していたが、発表後にコメンテイターとオーディエンスから質問と助言をもらい、交流も深まり、大変貴重な経験となったと思われる。
また、会場には多くの学会メンバーが集まり、特に若手研究者の数が目立っていた。定刻と同時に、司会の渡邉氏がオーディエンスにパネル概要を紹介した。パネルメンバーは全て龍谷大学国際学研究科に所属している大学院生で、将来海外に進学する可能性も視野にいれ、英語と日本語の両方を用いて発表を行った。
まず一人目として、英語で発表した梁景怡氏は、切り口として中国における表現規制と検閲、そしてその規制に抵抗していく対策とその意味をテーマとした。中国でのやおいとBLの受容の歴史を概観したのち、中国のやおいマンガファン、およびセクシュアルマイノリティの読者が用いる、性的表現を厳しく規制する政府の検閲を回避する戦略に焦点を当てながら、内部の者にしか通用しない、コミュニティーとそのメンバーを守るための秘密の言葉、暗号、特定の絵文字のような記号などの事例をあげ、詳細を説明した。そのうえでSNSのような公の場におけるファン同士のコミュニケーションが、どのように規制されずに成立しているのかを明らかにした。規制が厳しさを増すなか、ファンの抵抗手段も巧妙化・進化を加速させている。本発表では、やおい表現とそのコミュニティーに属する性的マイノリティの忍耐力と想像力にも焦点が当てられた。
二人目の発表者、木村祐子氏は日本語で発表したが、2009年に流行語となった「オトメン」について、「役割語」というジェンダー化された言葉に注目し、菅野文の少女マンガシリーズ『オトメン』(2006年〜2012年連載、白泉社)における男性像を分析した。「オトメン」は概念として定着した感があるが、マンガ連載当時は「乙女」のような特徴、趣味を有する男性キャラクターは新鮮だった。「草食男子」やソフトマスキュリニティーとも関連付け、役割語の定義に関して確認したのち、『オトメン』におけるオトメンである男性キャラクターのセリフの分析方法を概説し、分析結果を考察した。内言・モノローグに注目し、オトメンの男性キャラクターのセリフは、女性キャラクターのヒロインのセリフの回数をはるかに上回っていることが明らかにされた。「オトメン」でも、代名詞として最も多く使用されるのは「俺」であり、乙女的な特徴があっても、役割語は中立的もしくは女性的ではないものが用いられ、男性性を強調されるような言語表現が使われる傾向があるとした。
最後に、三人目の発表者、マデーハ・ナワズ氏も英語で発表を行った。ナワズ氏はパンデミックの中、移動制限によって世界中の多くの人々、とりわけ学生のような若い世代は通学ができなくなり、自らも不本意ながら一時的な「引きこもり」状態に陥ったことを契機に、引きこもりについて考えるようになったという。国費留学生として来日し、大学院で研究テーマとして日本の引きこもり現象、特にそのジェンダーの要素と表象に注目するようになった。先行研究からみて、引きこもり現象は男女比がほぼ変わらない社会現象であるが、メディアにおける引きこもりの表象は主に男性の引きこもりに焦点を当てている。ナワズ氏はこのことに疑問をもち、今回の発表では女性ひきこもり当事者である作者ウラのエッセイマンガ『引きこもり新妻』(2020年、講談社)を分析した。本作品では、不登校から引きこもりになってしまう典型的なプロセスとは異なり、作者は一般的な青春を過ごしてから結婚と離職を経たのち、引きこもりとなる。本作品の分析から明らかになったのは、引きこもり問題とジェンダーの役割、男女に対する矛盾する社会規範とその表象方法である。後ほどオーディエンスからも、女性が家に引きこもることは男性よりも厳しく非難されない傾向があり、その背景には少なくとも平成期までは当然視されていた、若い女性に課された家での「家事手伝い」というジェンダー役割があるのではないか、とのコメントがなされた。
発表後、石川氏がコメントを行った。まず、中国ではあらゆる性表現・表象に関する規制が厳しいため、中国から来日してBLとやおいを研究する学者のほかに、自由にBLを描くため中国から、表現の自由が比較的ある日本に引っ越すアーティストの存在が指摘された。梁氏の研究はやおいジャンルのファンコミュニティーに注目したものだが、こういったファン研究がまだ十分にないため意義が認められるとの指摘もあった。また、いくつか事実確認に関する質問もあり、梁氏は中国語の「耽美」(ダンメイ)のニュアンスなどについて説明した。木村氏の発表に関しては、乙女、乙女チックなものは2000年代の少女向け作品において男性キャラクターに付与されて表象されるようになったことが指摘された。ただし現在は「草食男子」も「オトメン」もあまり聞かれないため、オトメンという男性キャラクターの表象は一過性の流行だったのかどうか質問した。木村氏は、言葉としては現在あまり聞かれないとしても、同様のキャラクターはマンガにおいて既に定着している可能性があると応答した。そのほか、石川氏からは研究方法に関するアドバイスもなされた。そしてナワズ氏の発表に関しては、分析対象となった作品『引きこもり新妻』のエッセイマンガというジャンルにおける位置付けについての質問があった。ナワズ氏は、本作品は例外的な存在という認識をもち、そもそも女性の引きこもりの作品やその他のメディアでの表象自体が珍しいと指摘した。
その後オーディエンスからも質問がなされ、パネルメンバーとオーディエンスの一部は、パネル終了後も議論を続け、情報交換を行った。
パネル概要
本パネルでは、三つの異なる観点から女性向けマンガにおけるジェンダー化・コード化された表象を分析していく。やおい(二次創作)マンガ、エッセイ・マンガ、少女マンガのジャンルを多角的な視点から考察することで、本パネルの目的は、マンガとセクシュアルマイノリティ、引きこもり、「オトメン」という社会現象・キーワードと「マンガ」という媒体における表象を解明することである。
梁景怡は、中国のやおいマンガファン、そしてセクシュアルマイノリティの読者が、政府の検閲を回避する戦略に焦点を当てる。SNSのような公の場におけるファン同士のコミュニケーションが、どのように規制されずに成り立っているのかを明らかにする(発表言語:英語)。
2人目の発表者、Madeeha Nawazは、パンデミックによる移動制限によって、世界中多くの人、特に学生が不本意ながら一時的な「引きこもり」状態に陥ったことをきっかけに、研究テーマとして日本の引きこもり現象とその表象に注目する。男女比がほぼ変わらない社会現象であるにもかかわらず、メディアにおける引きこもりの表象は主に男性の引きこもりに焦点を当てていることに疑問を投げかけ、女性ひきこもりのエッセイマンガを分析する(発表言語:英語)。
最後に、3人目の発表者、木村祐子は、流行語となった「オトメン」という現象を研究し、「役割語」というジェンダー化された言葉に注目し、『オトメン』という少女マンガシリーズにおける男性像を分析する(発表言語:日本語)。
Under Censorship: Exploring Coping Strategies in China’s Yaoi Community through Analysis of the Social Networking Service ‘LOFTER’/梁景怡(龍谷大学)
Yaoi is a type of fan work, mostly by female creators for a female audiences, that involves homoerotic content and sexually explicit material. This is why Yaoi has been suppressed under Chinese obscenity laws and regulations. For example, the Chinese government’s ‘Auditing the Content of Network Audiovisual Programs’ (网络视听节目内容审核通则) states that homosexuality is an irregular sexual relation.
Despite these regulatory constraints, the Chinese Yaoi fan community has managed to express itself through the Internet. Communication inside the community under censorship includes the use of coded language, uses of multiple platforms and ‘common sense’ shared within the community. Therefore, research to define these coded strategies and their implications is needed.
This research aims to analyze pre-existing online data, mainly screenshots from the target platforms. For the analysis, variables such as the duration of the data collection, specific popular works on the micro-blogging platform LOFTER (2011~, similar to Tumblr), and relevant keywords/tags for categorisation are considered. This presentation will focus on the role played by LOFTER within the Chinese Yaoi community for self-expression under censorship.
The Overlooked Case of ‘Female Hikikomori’: Representation in Manga/Madeeha Nawaz(龍谷大学)
Many Western and Asian population(s) have started to consume Japanese anime and manga resulting in them regarding Japan as ‘cool’ and ‘laid back’. It has also resulted in Japan possessing soft power globally through visual mediums leading to several debates and discussions from various perspectives. One such debate remains the lesser known gendered portrayal of hikikomori (Dziesinski, 2004, “Investigations into the phenomenon of acute social withdrawal in contemporary Japan”). This presentation attempts to bring light to the marginalized portrayal of female hikikomori and compares the reality of the phenomenon as a societal issue with the portrayal in anime and manga. Through a thorough analysis of selected manga, this presentation establishes a theoretical basis through a discussion on hikikomori via the lens of gender studies. It will also discuss the depiction of female hikikomori in the media. It will then present an in depth analysis of male and female hikikomori among selected essay manga through concrete examples. This study attempts to develop a nuanced classification framework for hikikomori, thereby facilitating more comprehensive and contextualized research endeavors. Lastly, the paper brings up questions about the implications of contemporary gendered perspectives in media, and will hopefully provide a springboard for future discussion.
オトメンの言語表象について/木村祐子(龍谷大学)
本研究は菅野文による、日本の少女マンガ『オトメン(乙男)』(以下『オトメン(乙男)』)(「別冊花とゆめ」で2006〜2013年に連載)における男性表象として「オトメン」(以下「オトメン」)という概念がどのようなものなのかを図像や役割語の観点から分析する。
「オトメン」とは「乙女的趣味・思考・特技を持つ男性。乙女チック男子達。」と作中において定義されおり、同時期に新たに出現した男性像である草食系男子とは異なった特徴を持つ。この「オトメン」を新たな男性表象とし、日本の少女マンガにおける男性表象を言語の観点から分析する。
分析には金水敏が提唱した役割語の概念を使い、主要な男性登場人物の使用言語と女性登場人物の使用言語の比較を行い、オトメンと呼ばれる男性表象の解明を言語の観点から試みる。役割語とは、大阪大学栄誉教授の金水敏の著作『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(2003)において提唱されたものである。本研究では金水の立場を採用し、「オトメン」を性格属性ではなく、一種の文化的・社会的グループとして捉える立場をとる。作中で「オトメン」とされる登場人物のマンガ作品内での発話内容を分析し、男性語・女性語・中性語に分類する。言語の面から「オトメン」という男性表象を考える。