編著/共著

横山太郎(編)

わざを伝える : 能の技芸伝承の領域横断的研究

野上記念法政大学能楽研究所
2024年3月
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2014年に法政大学能楽研究所において、私(本書編者)を代表とする研究グループが技芸伝承の共同プロジェクトをスタートさせた。能のわざは個別の稽古というミクロのレベルで、また流儀の歴史というマクロのレベルで、どのように伝えられてきたのか。この課題に本プロジェクトは領域横断的にアプローチした。すなわち、従来の能楽研究が得意としてきた演技・演出史料の読解に加え、インタビューや会話分析の手法を人類学・社会学・民俗学等に学び、民俗芸能や西洋のダンスに対する記譜(ノーテーション)と比較して能の動作記述法を検討し、スポーツ科学の共同研究者を加えて客観的な動作解析を導入した。調査にはプロの能楽師や稽古初心者に協力してもらった。本書はその成果報告である。

プロジェクトのさらに詳しい成り立ちや、本書所収の研究メンバー(中司由起子、林容市、深澤希望、山中玲子、横山太郎)の論文概要については、ネットに公開してある本書序文を参照されたい。論文に加え、本書は資料編としてワキの演技の「付」(ノーテーション)である能楽研究所所蔵『能之秘書』の翻刻を載せている。能の演技史・演出史の古資料として高い利用価値を持つものである。また口絵には2018年に法政大学博物館展示室で開催した「能付資料の世界 技芸伝承の軌跡をたどる」において展示した「付」資料55点の写真を解題と共に掲載した。私たちが他分野の記譜から学んだように、他の演劇・ダンス等の分野の研究者がここから比較研究の素材を見いだしてくれたら嬉しい…というようなことを、以下でさらに拡大して述べてみたい。

本書のテーマは、わざ、つまり身体がなにかをうまくやることだ。わざという現象は、身体をめぐる生態学的なアプローチや力学系アプローチなどの研究動向が、20世紀の身体論の遺産と響き合う現今の状況のなかで、学術的探求の対象としてますます重要度を高めているように思われる。「領域横断」を謳う本書は、こうした大きな文脈に能の専門研究を架橋することを目指している。「架橋」は、他領域の知を能の研究の参考にするだけでなく、能から他領域に知を差し出すことを意味している。そのことに触れた「序文」の一節の引用によって本紹介文を締めくくることをお許しいただきたい。

能は、現在進行形でそのわざを担って活動する多くの実践者と同時に、そのわざについての膨大な歴史資料を抱える。つまりフィールドワークと歴史研究の両面からわざの動態に迫ることのできる稀有な研究対象である。世阿弥という貴重な思想史的資源もある。関連する諸領域からのアプローチに対して差し出すべきものは多い。本書がそのジョイント役として機能することを期待している。

(横山太郎)

広報委員長:原瑠璃彦
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年10月5日 発行