レトリックとテロル : ジロドゥ/サルトル/ブランショ/ポーラン
本書は、澤田直氏、ヴァンサン・ブランクール氏の尽力で、2023年10月に日仏会館で行われたシンポジウム「レトリックとテロル:ジロドゥ/サルトル/ブランショ」を出発点とした論集である。シンポジウムの表題に「ポーラン」が付け加わったのは、「レトリックとテロル」という主題の背後に隠れていた『タルブの花──文芸における恐怖政治』(1941)の著者ジャン・ポーランの名を明示したものである。
『シュザンヌと太平洋』、『トロイ戦争は起こらない』などで知られるジャン・ジロドゥ(1882-1944)は、主に両大戦間期のフランスでよく読まれた作家・批評家である。ジャン=ポール・サルトル(1905-1980)とモーリス・ブランショ(1907-2003)は、その一世代下の作家・批評家であり、1930年代から執筆を始め、戦後に本格的に活躍するようになった。活動初期の彼らにとって、ジロドゥは創作においても文学論においても大きな存在感を放っていた。
ジロドゥの晩年、そしてサルトルやブランショが旺盛に文芸批評を発表し始めた1940年代前半のフランスは、ドイツ軍による占領下、『新フランス評論』誌の編集長として多くの作家を輩出していたジャン・ポーランが『タルブの花──文芸における恐怖政治』を発表し、文学の言葉の捉え方をめぐって問題提起をした時期であった。同書によれば、ロマン主義以来、作家や批評家は、常套句を忌避して独創性の直接的発露を求める(「恐怖政治=テロル」)者と、言葉の力を信じ言葉を重視する(「修辞=レトリック」)者に分かれるというのであった。そのうえでポーランは前者を批判し、新たな修辞家たるべきことを提案した。サルトルもブランショもポーランの問題提起を真摯に受け止め、各々の仕方で展開していった。彼らのジロドゥ受容もポーランの問題提起のもとで行われた。
シンポジウムでは、以上の問題意識のもとに、1930年代後半から1950年代半ばにかけてのジロドゥ、サルトル、ブランショなどの文学言語をめぐる姿勢やその相関関係、変遷を追究することを試みた。フランスから『ジロドゥ辞典』の編者アンドレ・ジョブ、『サルトル全集』の編者ジル・フィリップ、『モーリス・ブランショ──不可視のパートナー』の著者クリストフ・ビダンを招き、12名の発表による大規模なシンポジウムとなった。本書はその原稿を元に編まれた論集である。目次(http://www.suiseisha.net/blog/?p=19607#more-19607)の通り、第1部にジロドゥに関する論考、第Ⅱ部にサルトル、ブランショ、ポーランに関する論考を収めるが、さらに彼らと、同時代の批評家クロード=エドモンド・マニーやブリス・パラン、前世紀の詩人ロートレアモンとの関わりも論じられている。これまでにない作家の組み合わせを通して、第二次世界大戦期フランスにおける文学創造および文学論に新しい光を当てることができたのではないだろうか。
(郷原佳以)