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映画上映とシンポジウム 甦る、琵琶映画の響き

報告:紙屋牧子

日時:2023年12月11日(月)18:00〜20:00
会場:早稲田大学小野記念講堂

第1部:パネル「大正期の映画・宗教・音楽」
開会挨拶:岡田秀則(国立映画アーカイブ)
登壇:紙屋牧子(武蔵野美術大学)、上田学(神戸学院大学)、薦田治子(武蔵野音楽大学)、柴田康太郎(早稲田大学) ※登壇順

第2部:琵琶映画の「再現」上映とトーク
『日蓮上人 龍乃口法難』(製作:国活、監督:吉野二郎、映画出演:市川莚十郎、澤村四若、澤村四郎五郎ほか)※国立映画アーカイブ所蔵作品/1920年/34分/16fps/デジタル上映
出演:川嶋信子(薩摩琵琶)、片岡一郎(映画説明)、堅田喜三代(邦楽演奏)

主催:早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点 2023年度テーマ研究課題「「映画館チラシ」を中心とした映画関連資料の活用に向けた調査研究」
共催:JSPS科研費21K00149/JSPS科研費22KJ2911
協力:JSPS科研費23K00130
助成:2023年度日本音楽学会音楽関連イベント開催助成金


本イベントは、早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点 2023年度テーマ研究課題「「映画館チラシ」を中心とした映画関連資料の活用に向けた調査研究」(代表:岡田秀則/研究分担者:紙屋牧子、柴田康太郎/研究協力者:白井史人)主催のイベント「映画上映とシンポジウム:甦る、琵琶映画の響き」の2年間に渡る研究活動の成果公開の場として、また2023年度日本音楽学会音楽関連イベント開催助成金(企画代表:柴田康太郎)*1も受け開催されたものである。

当研究チームは、演劇博物館所蔵のサイレント時代の映画館ごとに配布していたチラシなどの宣伝資料を読み解くことによって同時代の興行の実態を明らかにすることを目的に掲げ2020年度より共同研究を開始した*2。とくにサイレント映画の「再現」上映、すなわち同時代のライブパフォーマンスを資料調査に基づいて現代に甦らせることに力を注ぎ、2022年には、いずれも国立映画アーカイブが所蔵するフィルム『五郎正宗孝子伝』(天活/1915年/吉野二郞監督)と説明台本を活用し、これに基づく映画説明と浪曲と音楽を付した「再現」上映を(コロナ禍のため)Zoomで配信する試みも実施したりもした。遡れば、柴田康太郎・白井史人・紙屋の3名は、やはり演劇博物館所蔵のヒラノ・コレクション(サイレント時代の映画館の楽士・平野行一が使用していた伴奏楽譜)を対象とした共同研究*3に2014年度から2017年度まで参加し、断続的ではあるがおよそ10年、サイレント時代の映画関連資料の調査とそれに基づく「再現」上映に関わってきたことになる*4

*1 音楽学会のウェブサイトで、柴田康太郎氏による「報告記」、山本美紀氏による「傍聴記」を読むことができる。https://www.musicology-japan.org/activity/project_2023
*2 2020-2021年度は公募研究「映画宣伝資料を活用した無声映画興行に関する基礎研究」として活動。
*3 公募研究「無声映画伴奏楽譜:ヒラノ・コレクション:無声映画の上演形態、特に伴奏音楽に関する資料研究」(2014-2015年度)および公募研究「楽譜資料の調査を中心とした無声期の映画館と音楽の研究」(2016-2017年度)。研究代表者はいずれも長木誠司。
*4 当共同研究チームや他のプロジェクトによるサイレント映画の「再現」上映に関する葛藤は下記を参照のこと。柴田康太郎「研究ノート:日本のサイレント映画を「再現」上映する」『REPRE』47、2023年2月、https://www.repre.org/repre/vol47/note/shibata/

さて、本題の「映画上映とシンポジウム:甦る、琵琶映画の響き」であるが、当共同研究チームにとっても「琵琶映画」の上映は初めてのことであった。これが実現したのは2つの資料の邂逅による。1つは小松弘氏(早稲田大学)のコレクションに含まれていた琵琶台本であり、もう1つは、国立映画アーカイブが所蔵していたフィルム『日蓮上人 龍乃口法難』(1920年/国活/吉野二郞監督)である。これら稀少な資料を提供いただいたことに改めて感謝申し上げたい。

本イベントはシンポジウムと上映の2部構成とし、第1部のパネル「大正期の映画・宗教・音楽」では映画学と音楽学の専門家らが映画と琵琶台本について発表をおこなった。映画学の立場からは、紙屋が「映画『日蓮上人 龍乃口法難』(1920年)を考察する―聖地巡礼と〈奇跡〉の表象」というテーマで、上田学(神戸学院大学)は「日蓮主義宣伝映画と立正活映」というテーマで、同時代における日蓮ブームと宗教映画について考察をおこなった。次いで、音楽学の立場から、薦田治子(武蔵野音楽大学)が「大正期の琵琶文化」というテーマで大正期においてブームに至る琵琶文化について概観し、つづいて柴田が「琵琶映画台本と映画琵琶団体」というテーマで、大正期の日本映画における琵琶楽の潮流について検討を加えた。第2部の上映では、薩摩琵琶・映画説明・邦楽演奏を付した『日蓮上人 龍乃口法難』の上映をおこなった後、演者3氏を囲んで琵琶映画の「再現」上映をめぐる課題について討議して締め括った。初の試みであり限られた準備期間であったが、各々の歴史的解釈に基づいたパフォーマンスとして仕上げてくださった、川嶋信子氏(薩摩琵琶)、片岡一郎氏(映画説明)、堅田喜三代氏(邦楽)に改めて感謝申し上げたい。

当共同研究チームにとっても初の試みとなったこの琵琶映画の「再現」上映にあたって解決しなければならない(解決できなかった)問題もここに示しておきたい。小松氏所蔵の琵琶台本は表紙の文字情報からまぎれもなく国立映画アーカイブ所蔵フィルム『日蓮上人 龍乃口法難』と合致するものであるが、フィルムはおよそ15分程度の欠落があり*5、かつサイレント時代の映画館では手回し映写機によって映画説明者や琵琶奏者といった演者の山場に合わせて臨機応変に可変する映写速度(fps)で上映されていたため、再生速度が固定されたデジタル素材*6を使用して画(フィルム)と音(演者たちの声や音楽)を完全に一致させて上映することは極めて困難なことであった。具体的には琵琶台本を全て活かすには映画の分数が足りない場面があったため、映画上映を停止し何も写らぬスクリーンをバックに琵琶演奏をおこなう些か応急的な措置をとった。

*5 1926年4月26日に検閲された際のメートル数(『映画検閲時報』参照)と国立映画アーカイブ所蔵フィルムのメートル数の比較から算出。
*6 貸与を受けた国立映画アーカイブ所蔵作品の再生速度(映写速度)の変更は映画作品の改変にあたるため原則として認められない(国立映画アーカイブ所蔵作品貸与規則)。

以上のような課題を残しつつも、しかし今回は大きな手応えたあったことも付け加えておきたい。宣伝不足などの反省も込めて打ち明ければ、これまでに当共同研究チームが開催してきたイベントは当方の熱量の見返りとしては客足に乏しいものがあったことが否めないのであるが、今回の「琵琶映画」のイベントは問い合わせも多く当方が想定していた申込人数を比較的早い段階で超えるなどの嬉しい誤算もあった。この誤算はコロナ禍が明けてからの久々の対面のイベントであったことも影響していると考えられるが、近年さまざまな場でサイレント映画におけるライブパフォーマンスに注目が集まっていることも事実である。2019年にUCLAを会場に映画上映会The Art of the Benshi (主催:柳井イニシアティブグローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクト、スーパーグローバル大学創成支援事業早稲田大学国際日本学拠点)が開催されたが、2024年4月、さらに会場を北米4都市(ニューヨーク、ワシントンD.C.、シカゴ、ロサンゼルス)と東京(早稲田大学大隈記念講堂)に拡大したワールド・ツアーが敢行されたばかりである*7。当共同研究チームもこの4月から新たなテーマ研究「映画関連資料を活用した戦前期の映画興行に関する研究」としてスタートしたばかりであるが*8、さまざまな課題を抱えつつも今後も「再現」上映に取り組んでいくつもりであり、同分野のさらなる活性化に寄与したいと考えている。

*7 各詳細は下記のウェブページ参照のこと。https://www.cinema.ucla.edu/events/2019/art-of-the-benshi, https://artofthebenshi.org
*8 詳細は下記のウェブページ参照のこと。https://prj-kyodo-enpaku.w.waseda.jp/research/2024.html#03


図1.png『日蓮上人 龍乃口法難』上演のようす
左より 片岡一郎氏(映画説明)、川嶋信子氏(琵琶演奏)、堅田喜三代氏(邦楽)

図2.png上映後トークのようす

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、菊間晴子、角尾宣信、堀切克洋、二宮望
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2024年6月30日 発行