ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集
これまでのヴァンパイア観は、もう古い。ヴァンパイアを扱った文学は、基本的に19世紀末~20世紀以降か、『カーミラ』(1871~72)、『ドラキュラ』(1897)などの有名な古典のみばかり注目されることが多く、それらが提供する特定のイメージを前提に、ヴァンパイアは語られがちだった。しかし、今でこそ、ほとんどイメージの固まっている「ヴァンパイア」という怪物は、もともとは一地域の民間伝承に根差しており、地方色の豊かな色彩を身にまとった存在だった。それが、主に英独仏語圏という〈西洋〉を介して「彫琢」されていくことによって、現在の我々の知るヴァンパイアが誕生したのである。これまで、この経緯自体の重要性が注目されることは少なかった。
本書は、ヴァンパイアが19世紀初頭に〈西洋〉の文学に輸入された当時の諸作品を紹介し、一般的に英米圏と紐づけられがちなヴァンパイア観を相対化するという目的で筆者が編訳した書物。選出したのは、いずれも1820~30年代のドイツ語圏で書かれた無名の作品で、怪奇幻想の愛好家にはお馴染みの記念碑的小説、ジョン・ポリドリの『ヴァンパイア』(1819)によるヴァンパイア・ブーム直後に出版された、本邦初訳のものばかり。既に〈西洋〉によるヴァンパイアの「彫琢」が始まってはいるものの、現代ほどに凝り固まっていないが故に、その豊かさは、これまでのヴァンパイア文学を味わいつくした目の肥えた読者をも満足させるだろう。
ただし、目玉は収録作品に留まらない。編訳者による「ヴァンパイア関係事項年譜」と解説「ヴァンパイア文学のネットワーク」は、ヴァンパイアの起源から〈西洋〉輸入、文学進出までの道筋を、最新の研究もとりいれつつ、詳細ながら簡明に記している。本書が、今後のヴァンパイア学において必読の書となることは間違いない。
(森口 大地)