無声映画入門 調査、研究、キュレーターシップ
本書はフィルムアーカイブ領域で長年愛読されてきたパオロ・ケルキ・ウザイ著 Silent Cinema: A Guide to Study, Research, and Curatorship, 3rd Edition (BFI 2019)の邦訳である。最新のエディションは全15章から成り、260点を超える図版をともなっている。
著者は1990年代に米国ニューヨーク州のジョージ・イーストマン・ハウス(現ジョージ・イーストマン博物館)映画部門ディレクターに就任するとともに、同館に少人数制の専門学校を開校し、数多のフィルムアーキビストを育成したことでも知られる。ボーンデジタル世代の研究者の背中を押し、フィルムアーカイブが所蔵する一次資料へのアクセスを促し、さらには資料を提供する側のフィルム・キュレーターの心構えをも指南する本書は、著者のライフワークといってもいい。
真正な映画上映とは、ただフィルムアーカイブに出向けば体験できるというものではない。例えば著者が創設したナイトレート・ピクチャー・ショーは、第8回(2024年5月)のオープニング作品にD. W. グリフィス監督『イントレランス』(1916)を選んだ。1930年代に同作のオリジナル原版から作成され、長らくドイツで保管されていた第一世代の良質な染色版プリントを取り寄せることによって、初公開時の形態に極めて近い上映がようやく実現する。
燃えやすく危険なナイトレート・フィルムの現物を前に、映画のオンライン鑑賞や倍速視聴はほとんど意味を失ってしまう。本書の読者がフィルムの魅力やその長期保存の意義に目を向けてくださるなら、訳者としてそれ以上の喜びはない。
(石原香絵)