情報哲学入門
情報に照らした世界・社会・人間の理解の更新に向けてこれからの研究が前提として共有すべきさまざまな議論を、本書はまさに入門にふさわしく簡明に再構成し提示している。紹介される論者は多岐にわたり、テーマも第一部で扱われる情報と技術・経済・政治の未来から、第二部では情報概念そのものを考察する分析哲学・基礎情報学・身体性人工知能/ロボティクスなど幅広いが、それらの背景には一貫して、言語モデルの情報学から新たな情報学へのアップデートが必要であるという著者の問題意識が通底している。すなわち、前世紀の言語論的転回や構造主義・記号論のような言語を基軸とした知の大転換の意義と限界を踏まえてはじめて、言語よりもなお深い水準で世界を構成しているものとしての情報が探究されるべきである、という基本的な姿勢が貫かれている。
これは本書の大切な問いかけの一つであると私は思う。というのもこの観点からこそ、たとえば言語を扱うChatGPTのような対話型AI、あるいはその基盤をなす大規模言語モデルが何故かくもセンセーショナルであったかがよく理解できるし、そのうえで、大規模言語モデルのような機械的な情報処理がほんとうに人間言語を超えた新たな情報学のパラダイムたりうるのか、それともむしろそれは構造主義や記号論以前に後退しているのではないかといった、情報学の重要な問題を厳密に考察できるようになるからである。
本書の問いかけでもう一つ大切に思われるのは、記号の計算をこととする機械情報中心の情報観と、意味や世界をつくりだす生きることにかかわる生命情報中心の情報観を、いかに架橋するかである。今日、情報技術文明の基盤としてグローバルに猛威を振るっているのは、西洋形而上学の一発展形ともいえる機械情報中心の情報観である。しかし、この過酷な文明の憂き世に沈む生きものたちの生の意味と価値をすくいあげるには、そして技術多様性や多元世界の考え方に基づくテクノロジーやデザインの取り組みが試みてきたように非西洋や非近代を含めた多数の世界・社会・人間の理解がこの一つの惑星に共存してゆくには、情報観の架橋は差し迫った課題となる。
本書を締め括る第三部では、世界・社会・人間の理解の更新に向けた著者の展望が示される。ここで提起される、生物と機械が混交的におりなすシステム(ダイナミックな生態系)をどう考えるかという課題も、本書からの大切な問いかけである。特に、最終章における人間性をめぐる二つの問い、すなわち情報技術で育まれた生態論的思考の新たな倫理、そして情報技術を通じた自由と意志の再考という課題は、本書の議論全体を踏まえて向き合うことで改めてその重要性に気づかされるであろう。本書を通じて情報哲学に入門した読者がこれらの問いに真正面から取り組むことで、真の意味での情報学的転回を巻き起こすことが待ち望まれる。
(原島大輔)