ナチズムの芸術と美学を考える 偶像破壊を超えて
本書は、著者のここ数年の仕事を収録した論集である。「ナチズムの芸術と政治に対して美学/政治が行使する偶像破壊を超えて」、「その多層性と同時代性、さらには現代性を明らかにする」(12頁)という試み、すなわち、第三帝国の文化にたいする判で押したような否定的イメージを、その形成過程も合わせて再審議する取り組みである。第一章のエミール・ノルデ論から始まり、戦争の絵画表象、パウル・ルートヴィヒ・トローストの建築、アルベルト・シュペーアの「廃墟価値」の理論へと議論は続き、ナチズムと崇高美学の検討を介して、現代のポピュリズムとの関連性が最終章にて指摘される。各章での直接の考察対象はナチズムの時代に生み出された芸術・建築とそれにまつわる思想に絞られているが、それらを近年の研究成果を踏まえて多角的かつ丁寧に検証しようとする姿勢が強く印象に残った。
なかでも興味深く読んだのは、トローストが主役を務める第三章だ。その「汽船スタイル」に着目することで、ナチス建築は新古典主義風のメガロマニアではなく、近代と古代、あるいは技術革新と保守派の世俗的趣味とのハイブリットであったと著者は解釈する。ヨーロッパとアメリカを結ぶ大型客船のラグジュアリーな室内装飾が、トローストを介して第三帝国の建築様式にひそかに影を落としていたのだ。
ナチズムといえば大地のイメージが強い。都市計画やアウトバーンもその一例である。「空と地中海」をプロパガンダで多用したイタリアとはその点が対極的だが、「海と船」という視点を第三帝国文化の考察に導入することで、その内幕はもちろん、デュランやブレーなどの18世紀建築とのつながりをも明らかしている。そこでの筆者の論証は説得力あるスリリングなものだった。
(鯖江秀樹)