「情動」論への招待 感情と情動のフロンティア
本論集は、「情動/感情」をめぐる広範な議論をとりあげ、さまざまな学問領域を専攻する気鋭の論者がその問題の前線について紹介した著作である。とくに本書では、「情動/感情」論が、近年活発に話題となってきた人文諸科学、メディア文化論、認知科学等の議論の流れを把握することができるような仕組みになっている。
論集のカヴァーする学問領域が多岐にわたるため、同書全体をある特定の学部や学科の教科書として採用するのはすこし難しいかもしれない。また、序章にも書いてあるように、「情動」には、決まった定義があるわけではなく、各学問領域や、論者において異なるニュアンスで用いられており、専攻や論者の枠組みをこえて、共通の議論が成り立つプラットフォームを開拓することも、なかなか難しいといわざるをえないだろう。
ただし、この動態的な「情動/感情」のように、ある特定の学問領域や論者の知見のみでは対応しきれない、ある意味では「学際」的とも呼べる現象について、その概略を一望に観測し、その多様性から理解を深めていく用途には資するに違いないと、編者のひとりとして確信している。
また、共著という媒体の性質上、網羅的な議論がなしえず、例えば、美学・芸術学、クイアセオリー、映画論、あるいはドイツ文化論における「情動/感情」等、この論集では取り上げられなかった重要な文脈も数多く存在する。Gregory J. Seigworth & Carolyn Pedwell, Affect Theory Reader 2 やコレット・ソレール『情動と精神分析』の邦訳のように、2023-2024年に関連する重要書籍が矢継ぎ早に刊行されるなか、それらの著作群と相補的に呼応しあいながら、本書が多くの読者の手に渡り、「情動/感情」をめぐる議論を感染させ、深化していくことを願ってやまない。
(難波阿丹)