彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家
本書は日本の「女性監督」を論じた映画批評本である。第一章では、戦前に日本ではじめて映画監督となった坂根田鶴子以降の「女性監督」の歴史を大まかな時代区分を設定して整理する。第二章は若手の映画作家から田中絹代まで、16名の「女性監督」を取り上げた作家論である。第三章では2010年代後半以降にデビューした次世代の映画作家をあつかい、現在の若手の「女性作家」の動向を描く。そして巻末付録として女性作家による長編映画100本を紹介したガイドがつけられている。
本書のスタンスは序論に明快に書かれている。いまだに女性の属性と「繊細さ」を結びつけるような言説が横行しているなかで、戦略的に女性の監督のみに限定された言説空間を作り出すことによって、マジョリティとしての「男性作家」とマイノリティとしての「女性作家」という図式を解体し、「既存の家父長的な語りとまなざしからの解放を目指す」。それは「女性ならでは」の語りから遠く離れて、「その人だから」こそ撮ることのできた作品に真摯に向き合うことにほかならない。
第一章の「日本映画における女性監督の歴史」は、第二章の作家論で議論される「女性作家」たちが、いつの時代のどのような変遷の時期に活動していたのかを理解しやすくする見取り図のような位置付けである。本書のハイライトとなるのは第二章の16人の作家論で、取り上げられているのは以下になる(登場順に列挙する)。西川美和、荻上直子、タナダユキ、河瀨直美、三島有紀子、山田尚子、瀬田なつき、蜷川実花、山戸結希、中川奈月、大九明子、小森はるか、清原惟、風間詩織、浜野佐知、田中絹代。
選択の基準は、知名度やキャリアというわけではなく、「著者二人がそれぞれにいま論じるべき必要性を感じた作家」である。戦後、最初の「女性監督」となった田中絹代はもちろん、歴史的に重要なのにもかかわらず、ほとんど論じられてこなかった風間詩織、「正統」な映画史から除外されてきたピンク映画の浜野佐知、デビューして間もない若手の作家である清原惟や中川奈月、ドキュメンタリー映像作家の小森はるかやアニメーション作家の山田尚子らが取り上げられている。もちろん、20世紀後半には記録映画や実験映画の領域に多くの女性作家がいたが、本書で主に対象とされているのは、21世紀の「女性監督」だ。
本書は、こうした類の本にありがちな既発表のもとをまとめた論集本ではなく、すべて著者二人が書き下ろした書物である。網羅的に取り上げることは難しいが、初期から現代までを描く歴史編、作家性の強い監督を論じた作家論、大量に登場してきた若手論(作家論ではなくテーマごとに論じられている)、作品ガイドを付けることなどで、作家論集にはならないような構成の工夫が施されている。ほとんどすべて現存する監督たちであり、日本の「女性監督」のアクチュアリティを捉えようとする試みである。
(北村匡平)