マーガレット・アトウッド『侍女の物語』を読む フェミニスト・ディストピアを越えて
『侍女の物語』(1985)研究の2023年時点における「決定版」(p.19)として刊行された本書は、数十年の時を経てアメリカのみならず、国際社会の現実が『侍女』の描く世界に近づいているかに思われることを背景とする。序文でも各著者の論考でも繰り返し触れられるとおり、トランプ政権下でロー対ウェイド判決が多くの州で覆されたことは、Huluによるドラマ版『ハンドメイズ・テイル』のヒットと相まって、侍女のコスチュームによる抗議運動を引き起こした。アトウッド自身、本書に収録される講演で、『侍女』のなかに「歴史のどこかですでに起こったことがない内容は一切でてこない」(p.40)とはっきり述べているとおり、本作が持つ射程は現代にまで強く呼びかける。
そうは言っても、本論集はアトウッド作品のアクチュアリティだけを問おうとするのではない。むしろ、そうした視点で語られることで抜け落ちてきたテクストの細部に基づく読解に重きを置いているといえるだろう。たとえば加藤めぐみ論考では、『侍女』の注釈として記された記述から社会生物学と本作の関わりを解き明かし、小川公代論考ではケアという観点で『侍女』から『誓願』にいたる変化を論じる。
こうして本書は、アトウッド作品を読むためのいくつもの視点を提供し、原作小説にとどまらず、アダプテーションや続編、そしてフェミニストSFというジャンルまでを見通す手がかりとなるだろう。
(石倉綾乃)