動物×ジェンダー マルチスピーシーズ物語の森へ
『動物xジェンダー マルチスピーシーズ物語の森へ』は、タイトルの“x”に示されるように、まずは動物とジェンダーの「絡み合い」を分析した論集と言ってよいだろう。そこには動物差別と女性差別が連動する状況なども俎上にあげられるが、それだけではない。ジェンダーやセクシュアリティが各時代、各地域、各作家によってさまざまに想像されてきたように、動物もまた種の違いに応じて、また野生動物から伴侶種に至るまで、人間との距離に応じて多様な姿のもとに描かれてきた。そしてそこには、動物(厳密に言えば人間と異なる種のものたち)が、マイノリティとされてきた女性やクィアとともに表象され、物語を駆動させる瞬間が訪れる。
この論集の前半では日本現代文学の「動物xジェンダー」の系譜が、大江健三郎から多和田葉子、松浦理英子に至るまで辿られ、後半ではアメリカの狩猟文化からオーストラリアの児童文学、そして現代中国インデペンデント映画における村の女性たちと動物たちの声が響き渡る、文字どおり物語の森に読者は誘われる。そこではまた、「wild」と「human」との間の二項対立を無効化する「ferox」という概念に基づいた、紙芝居(!)のクィア・リーディングも試みられる。現在人類学において注目されているマルチスピーシーズ的視点を文学・文化表象研究に持ち込もうという本書の企図はまた、アイデンティティの変容や、定まった性に固定されない欲望を肯定する、クィア的視点の導入にも開かれたものであると言えよう。
英米圏で広がるアニマルスタディーズを背景として持ちつつも、「動物とは何か」でも、「動物と人間の関係はどうあるべきか」でもなく、あくまで表象にこだわった研究であることを最後に付言したい。動物であれ性であれ、人間はそれらをどのように想像し、どのような比喩を用いて(あるいは比喩として)描いてきたか──、このような視点から浮かび上がるのは様々なイメージであり、それらをただ見つめ、多様性を否定することなくストーリーを読み解いたことが、本書の意義であると言えよう。
(熊谷謙介)