〈戦い〉と〈トラウマ〉のアニメ表象史 「アトム」から「まどか☆マギカ」以後へ
本書は日本アニメの作品群に見出される〈戦い〉と〈トラウマ〉の表象、そして日本の社会・歴史が有するトラウマとアニメ作品群との関係についての論集である。取り上げられる作品は、戦時下の国策アニメ『桃太郎 海の神兵』を起点に、『機動戦士ガンダム』『宇宙戦艦ヤマト』等を経て、2010年代後半の深夜アニメ『ケムリクサ』『幼女戦記』『宇宙よりも遠い場所』までにわたる。『鉄腕アトム』の自己犠牲、『美少女戦士セーラームーン』や『魔法少女まどか☆マギカ』における戦う少女のトラウマ、「グリッドマン」シリーズでの世界のデジタル化が惹き起こす不安、そして『火垂るの墓』と他の「戦争アニメ」に埋め込まれた戦争体験と平和への願いなど、現代日本社会の形をそれぞれの仕方で切り取り表現するメディアとしてのアニメを、本書は哲学、社会学、精神分析学、ジェンダー研究などの複数のアングルから照らし出している。
現在2023年において「戦争」という言葉は新たな緊迫を帯びているが、本書は、日本アニメの作品群を、日本の七〇年前の「戦争体験」を扱う試みの系譜として読み直すことを作業仮説にしている。「扱う」、つまり、アニメが戦争体験を「表現する」「記憶する」「考える」「理解する」「整理する」「消化する」「変容・変形する」という諸側面をめぐって、個人や集団の心の中のトラウマとその処理に着目して、本書の各章・各コラムは「戦い」の表現を分析する。
編者である臨床心理学者の森茂起と哲学者の川口茂雄、アニメ・マンガ表象研究の足立加勇、社会学者の東園子、精神科医の斎藤環など、16名の投稿者はそれぞれの専門性にもとづいて緻密な議論を行っているが、そこに共通するのは、メディア・コンテンツとしての日本アニメの社会的重要性の強調である。国内外で昨今さらに活発さを増す日本アニメ研究であるが、本書を機縁としてさまざまな論点がいっそう議論を深められていくことを期待したい。
(アルト・ヨアヒム)