評伝ロラン・バルト
バルトの人生については、さまざまな形で語られてきた。すでに浩瀚な伝記があるだけでなく、バルトは数々の小説作品の登場人物にもなり、彼の人生や作品をめぐるエッセーや対談なども数多く出版されている。そしてなにより、バルト自身が自らを対象に挑発的な評伝を書いていた。このようにバルトが複数化されることで露わになったのは、「真の」バルト像というより、バルトが残したテクストと、彼の人生や歴史との多様な関係性であろう。
そこで、輻輳するこの関係を彼の人生の連続性にしたがって改めて整理し、同時代人としてのバルトをよりダイナミックに描くべく、著者ティフェーヌ・サモワイヨは、バルトの知人・友人の証言の収集にくわえ、これまで未調査であった草稿、書簡、講義録、カードといった資料にも詳細にあたり、たしかな考証を行っている。この意味で、本書はバルトについての評伝の決定版と言ってよいだろう。また、バルトその人のみならず、彼の広い交友関係までをも詳らかにしている本書は、フランス現代思想が華やかだった一時代についての貴重なドキュメントにもなっている。
実際に本書を読みすすめていくと、彼自身の(彼が思考を巡らせたトポスでもあった)声、好み、情動、愛、セクシュアリティ、記憶などについてつねに目配りがなされており、各著作で語られていたことの背景が明らかになると同時に、等身大のバルトの存在が鮮やかに浮かび上がってくる。「作者の死」で広く知られることになったバルトだが、彼の生は、死後も多くのことを読者に語りかけているように感じられる。
(黒木秀房)