翻訳

ディオゴ・セイシャス・ロペス(著)服部さおり・佐伯達也(訳)片桐悠自(監修)

メランコリーと建築 アルド・ロッシ

フリックスタジオ
2023年3月
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二十世紀後半に活躍したアルド・ロッシ(一九三一〜一九九七)については、二〇一二年のパリのポンピドゥー・センターで開催された建築運動「テンデンツァ」の大規模な回顧展以降、年々注目が集まっている。本書は、ロッシを題材にした建築論Melancholy and Architecture: On Aldo Rossiの翻訳本である。原著はポルトガルの建築家ディオゴ・セイシャス・ロペス(一九七二〜二〇一六)によって英語で著されたもので、二〇一五年にスイスで発行された。また、二〇一九年には著者の自国ポルトガルで、英語から母国語に翻訳されたものが出版された。

本書の主題は、「メランコリー(憂鬱)」という語である。第一章は、西洋世界におけるメランコリーの表象を、考古学的な位置づけとして問う章である。直接的な引用文献として扱われてないのだが、哲学者ジョルジョ・アガンベンの『スタンツェ』や『瀆神』の議論の直接的な参照が見られ、読者にむけた導入の色彩が強い。古典古代の四体液説におけるメランコリーの位置づけから、ドイツの版画家デューラーによる謎めいた傑作《メランコリアI》や、‘幻視の建築家’エティエンヌ・ルイ・ブレ、詩人ボードレールなどの系譜のなかに、アルド・ロッシが位置づけられる。

第二章は、第二次世界大戦後のイタリアの社会背景や文化的潮流と踏まえたうえで、一九六〇年代のロッシの活動について検討している。本書全体を通して、ロッシによる一次資料の扱いに若干の問題(頁数の誤記・出典文献の間違いなど)があり、可能な限り調査したうえで、日本語訳では原著のミスを修正している。

ここでは、ロッシ研究の先駆けとなったピエル・ヴィットーリオ・アウレーリによる議論に、セイシャス・ロペスがどのように応答したかということに着目してみたい。アウレ―リは、オペライズモやアウトノミア運動など、イタリアのラジカルな左派へとつながる糸口をロッシの理論と表象に見出した(詳しくは、アウレーリ「困難な全体性」(二〇〇七)、同著者の『プロジェクト・アウトノミア』(二〇〇八)などが参照された)。ここでセイシャス・ロペスは、アウレーリの立場に一定の理解を示しつつも、ロッシの政治性と建築形態を切り離し、「沈黙」の表象へと結び付けようという意図がみられる。二章において、原著者は、「政治的なものと形態なるものは重なり合う」というアウレーリの議論を見直し、建築形態それ自体の設計論的分析、いわば「形態の自律性」からロッシを見直す必要性を再度提起する。建築的事物は、それがまとう政治的イデオロギーの表象よりも、人間が事物に付与する「性格」ゆえに、自律的となるのだ。

監修者でもある書評執筆者が、アルド・ロッシ研究の末席として付言するなら、「沈黙」や「死」として、ロッシの建築表象を議論すること自体は、特に目新しいものではないことは強調しておくべきだろう。こうした議論は、ロッシの生前、盟友であった建築理論家マンフレッド・タフーリによって展開され、一九七〇年代後半から一九八〇年代にかけて、アメリカや日本などで広く受容されてきたからである。原著者の立場は、こうした評価を継承するものであり、二章の終わりには、タフーリによるロッシ評「純粋形態による沈黙の闇」が論拠として持ち出される。

それ自体を参照する「沈黙のオブジェクト」へと向かう建築という読解を、ロッシに再確認するセイシャス・ロペスは、建築家が制作する事物には「性格」が付与され、それゆえ自己参照的となるという点を強調する。第三章はロッシのひとつの到達点ともいえる建築「サン・カタルドの墓地」(イタリア・モデナ, 一九七一〜)についての考察がまとめられる。本書の約半分のヴォリュームを占める第三章は、他の先行研究にはみられない独自な視点が多くみられる。メランコリーという概念を介して著者は、モニュメンタルな事物が配置された墓地、言語表現の断片的なつながりの中から、墓地のプロジェクトを浮かび上がらせる。とくに、設計競技自体のやり直しと二次審査の過程、建設工事中断までの設計のプロセスを史的に追い、未完成のまま放置された墓地の即物的な分析を行った点は、ロッシ研究として注目に値する。

「メランコリーとは(事物に内在する)性格の問題である」。アルド・ロッシとメランコリーにまつわる考察から、近年話題の「建築におけるO(オブジェクト指向存在論)」についての考察の手がかりが見つかるかもしれない。

なお、本訳書は、二〇一九年度窓研究所出版助成の援助を得て刊行された。各章の詳細な議論については、窓研究所ホームページに載せた以下の監修者解説を参照されたい(片桐悠自「闘争としてのメランコリー」、窓研究所研究所HP、二〇二三年)。

(片桐悠自)

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年10月17日 発行