翻訳

ロザリンド・クラウス(著)井上康彦(訳)

ポストメディウム時代の芸術 マルセル・ブロータース《北海航行》について

水声社
2023年3月
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Rosalind Krauss, A Voyage on the North Sea: Art in the Age of the Post-Medium Condition, Thames & Hudson, 1999.の全訳である。具体的な作品記述と理論とを交差させることで立体的な美術批評を立ち上げようとするロザリンド・クラウスの手になる本書は、彼女のこれまでの著作の多くがそうであったように、今回も決して抽象論に陥ることなく「ポストメディウム的条件」や「メディウム」といった概念を個々の作品に紐付けながら説明してみせる。

本格的なマルセル・ブロータース論でもある本書は、クレメント・グリーンバーグが提示した「メディウム」概念、それと併走して展開した美術の動向、構造映画の野心、後期資本主義の美術業界への浸透、ポスト構造主義の思想との共時性、ブロータース自身の個人的嗜好など、彼が身を置いていた当時の美術の状況をかたちづくっていたパラダイムをさまざまな視点から照射しつつ、ポストメディウム的状況において異彩を放つ「アナクロニズム」というブロータースの稀有な戦略を、狂いのない筆致で精確に跡づけていく。美術市場の力学とコンセプチュアル・アートの台頭とテクノロジーの発展によって「メディウム」の固有性が反故にされたかに見えた「ポストメディウム的状況」において、耐用年数の切れた時代遅れの「メディウム」をいま一度焦点化すること。こうして再発明された「メディウム」がポストメディウム時代の均質化作用に抗うのだった。

ここ10年くらいの間、美術やその周辺領域で目にすることの多かった「ポストメディウム」だが、その典拠となっている本書には、これまで言われてきたのとはずいぶん違うことが書かれている。その点が読者と共有できれば、訳者としての目的は達成できたように思う。

(井上康彦)

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年10月17日 発行