単著
混乱と遊戯の香港映画 作家性、産業、境界線
水声社
2023年3月
本書はジャッキー・チェンとツイ・ハーク、ジョニー・トーという香港映画において極めて重要な人物たちの作品制作の軌跡を糸口として、1970年代末から1990年代末までの香港映画史を多様な視点から論じた、野心的な著作である。巻末の香港映画作品と人名に関わる詳細な資料が象徴的であるように、本書の議論は、個々の作品の映像表現と物語展開、作品や制作者を取り巻く映画産業の時代的背景、さらには様々な批評や言説を実に仔細に拾い上げ、それらの分析と考察から成立している。こうした分析と考察の鍵となるワードは「境界」である。香港映画における監督と俳優、肉体と形象、ジェンダー、人種、映画産業、さらには香港と中国の関係のなかに引かれた諸々の境界線を、ジャッキー・チェンとツイ・ハーク、ジョニー・トーは遊戯的なかたちで揺るがし、曖昧にし、無効化し、再度線を引き直していく。その様子が本書に散りばめられ、九つの章の中で相互に共鳴していくのだ。
確かに本書は香港映画に捧げられた学術書の秀作である。しかし、本書を読むとジャッキー・チェン、ツイ・ハーク、ジョニー・トーの諸作品をまるで観ているかのような感を覚えてしまう。本書それ自体が概念とイメージの境界を戯れているとも言えよう。
(松谷容作)