新派映画の系譜学 クロスメディアとしての〈新派〉
本書は、大正期に隆盛した「新派映画」というジャンル、およびそれに関連する映画、演劇、文学、音楽に関する諸論考を収めた論集である。新派とは、狭義には歌舞伎(旧派)に対置される新たな演劇ジャンルとして明治時代に興り、大正から昭和にかけて隆盛した新派劇のことを指す。新派は同時代の世相を反映した現代劇として大衆に人気を博し、この類型は、新派劇の演目を引き継ぐ形で、旧劇映画(後の時代劇映画)と並ぶ現代劇映画のジャンルとして展開された。新派映画は、ときにはその内容を変奏させながら大正時代に日本の津々浦々で上映され、広く浸透していった。
新派映画は、家父長制の犠牲となるヒロインの受苦を描くという類型的なメロドラマのイメージが強い。釣り合わぬが不縁のもと、義理を貫くか情に流されるか翻弄される男女の色恋、血の繋がらない生さぬ仲の親子の葛藤──たしかに新派はこうした主題を繰り返し描くことで大衆の心性を反映し、女形俳優が演じる新派映画のヒロインは、無数の観客の紅涙を絞らせてきた。しかしそればかりでなく、じつは新派は喜劇や翻案劇など多様な試みを実践しながら、その時々に人気を獲得してきた。泉鏡花に代表されるような花柳界が舞台の物語もあれば、西欧文芸の翻案劇、喜劇、探偵劇まで新派の射程はじつに幅広い。ウェットな夜の顔と、陽気な昼の顔を持つ新派。人物の情動や場面に漂う情緒を声や歌などを介して増幅し、観客の心性に働きかける新派は、近代の大衆の記憶装置となっていた。本書では、映画史的には周縁とされてきた新派映画の魅力を、演劇・文学・音楽の観点からも検討し、新しさと旧さの入り混じった〈新派〉的な感性の広がりを再発見していく試みである。
執筆者のお一人、元会員でメロドラマ研究を専門とされていた河野真理江さんは2021年に惜しくもご逝去された。そのあまりにも若い今生のお別れは深い哀しみをもたらしたが、彼女の残してくれた学術への大きな足跡は本書にも刻まれている。心よりご冥福をお祈りするとともに、本書を捧げたい。
(小川佐和子)