レアリスム再考 諸芸術における〈現実〉概念の交叉と横断
芸術の領野において、リアリズムという言葉からすぐさま想起されるのは何だろうか。卓抜した技術をもって事物を精緻に描写する写実的な表現だろうか。現実に迫りそれを克明に模倣しようとする芸術家の姿勢だろうか。このカタカナ語からは、現実の再現ないし模倣を主眼とするこうした芸術実践や態度が思い浮かばれるかもしれない。とはいえ、周知のごとく一口にリアリズムといっても、それをめぐる言説や芸術運動は多岐にわたっている。自然主義、写実主義、マジックリアリズム、シュルレアリスム、ヌーヴォーレアリスム、社会主義リアリズム、資本主義リアリズム、ハイパーリアリズム等々、リアリズムの歴史は分厚い。
本書『レアリスム再考──諸芸術における〈現実〉概念の交叉と横断』は、芸術家や芸術運動、批評家などが、いかに現実という対象と向き合い、またその概念をめぐるリアリズム/レアリスムの思潮がいかに展開されたかという問題に焦点を当て、16人の著者によって編まれた4部からなる大著である。「レアリスム再考」というタイトルが含意しているのは、16の論考の結集によってその概念の一般的な定義を与えるということではない。むしろ読者は、各論考を読み進めるなかで、現実およびリアリズム/レアリスムの概念が、それぞれの時代や地域、芸術ジャンル、芸術家や批評家によって多様で複雑であることを認識することになるだろう。そして、それらを一義的に規定することの不可能性に直面することになるだろう。この体験はともすると不毛なもののように響くかもしれないが、私にはむしろこの点にこそ、各論考の重要性はもとより、本書全体の意義があるように思われるのである。
それぞれの芸術家や批評家には、現実に対する多様なまなざしが存在する。意識的せよ無意識的にせよ、そのまなざしに映る現実にかかわり、それを芸術作品として具現化し、また現実をめぐるリアリズム/レアリスムの言説として提示する。すなわち、芸術家および批評家は、現実の問題にほとんどつねにかかわってきたといっても過言ではなく、たとえ自らが積極的に公言していなくとも、相異なるリアリズム/レアリスムを有していることが本書全体を通して浮かび上がってくるわけである。もちろん、それぞれの差異のみならず、本書の副題にあるとおりそれらのリアリズム/レアリスムが交叉し横断する様子も明らかになるが、各芸術家、批評家、芸術運動において、いかなる交叉と横断がみられるかは読者に委ねられているといえよう。ぜひ本書を手にとって各部、各論考を往来しながらその発見の喜びを享受してほしい。
(大澤慶久)