音楽と心の科学史 音楽学と心理学が交差するとき
本書は、楽譜を含む音楽専門書の出版を柱の一つとしている春秋社が満を持して刊行開始した「春秋社音楽学叢書」の第2弾(第1弾は沼野雄司『音楽学への招待』2022)。科学史というパースペクティヴのもと、音楽学、特に音楽理論や音楽美学が19世紀末から20世紀末まで心理学とどのように関わってきたかについて浮き彫りにしようとする試みである。
「音楽学叢書」ということで、あくまでも音楽学からの視座に軸足が置かれ、音楽理論、音楽美学を専門とする執筆者たちによる、総説と5つの個別事例、すなわち音楽理論家・美学者H. リーマン(独)の音想像論、比較音楽学者R. ヴァラシェク(墺)の「タクト」論、音楽理論家田辺尚雄(日)の「日本音楽」論、音楽心理学者D. ドイチュと音楽理論家L. マイヤー(米)の音楽知覚論、分析美学者M. デベリス(米)の音楽聴取論をめぐる論考群が中心となる。また、これらに加えて、より学際性を担保するために、冒頭に科学哲学者野家啓一による寄稿、各章間に社会心理学、音楽思想史、情報科学、心の哲学各分野の研究者による4つのコラムが配されている。
なかでも注目すべきは、編著者共著による40頁を超える総説「科学史としてみる音楽理論・音楽美学」で、本書の周到な解題に加え、人物相関図なども織りまぜつつコンパクトにまとめられた音楽に関わる心理学史概説も含められている。従来、音楽理論・音楽美学の書物にも音楽心理学の書物にも欠けていた、音楽学と心理学の相関関係についての明確な全体像が提示され、それが学際的学問(=科学)としての音楽学を改めて見つめ直す手掛かりを与えてくれている点に、本書のレゾン・デートルはある。
(木村直弘)