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シンポジウム モダン文化の〈場所〉 ──松坂屋、地方映画館、名古屋の洋楽

報告:白井史人

日時:2023年2月27日(月) 13:30〜17:00 
会場:名古屋外国語大学名駅サテライトキャンパス 多目的ラボ(BIZrium名古屋6階、イオンモール Nagoya Noritake Garden 併設)
登壇者:山上揚平(東京大学特任講師)、小島広之(東京大学博士課程)、白井史人(名古屋外国語大学准教授)、毛利眞人(音楽評論家)、七條めぐみ(愛知県立芸術大学講師)、柴田康太郎(日本学術振興会特別研究員PD)、紙屋牧子(武蔵野美術大学非常勤講師)、岡田秀則(国立映画アーカイブ 展示・資料室主任研究員)、上田学(神戸学院大学准教授)、中野正昭(淑徳大学教授)、片岡一郎(活動写真弁士)
共催:名古屋外国語大学ワールドリベラルアーツセンター、名古屋外国語大学世界教養学科、早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点令和4年度公募研究「栗原重一旧蔵楽譜を中心とした楽士・楽団研究」(研究代表者:中野正昭)、テーマ研究「「映画館チラシ」を中心とした映画関連資料の活用に向けた調査研究」(研究代表者:岡田秀則)


本イベントは、名古屋外国語大学ワールドリベラルアーツセンター、世界教養学科と早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点の共催による公開研究会である。演劇映像学連携研究拠点で活動する二つの共同研究の成果を中心に、地方における実践に着目した日本文化の近代化をめぐる課題を取り上げた。映画、音楽、演劇に関する研究者にくわえ、アーカイブ、現場での実践などの立場からこれらの領域に関わる登壇者が名古屋外国語大学のキャンパスに集い、近代の名古屋などの時代と空間を意識しながら日本のモダン文化を問い直す機会となった。

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パネル1「名古屋の洋楽文化」では、公募研究の分担者が研究発表を実施し、愛知県立芸大の七條めぐみ氏を招いて議論を行った。

はじめに山上揚平と小島広之が、2018年度より継続している栗原重一旧蔵楽譜に関する共同研究(https://www.waseda.jp/prj-kyodo-enpaku/research/2022.html#07)の成果をまとめて紹介した。栗原重一(1897~1983)は、名古屋に生まれ、いとう呉服店(現・松坂屋百貨店)の少年音楽隊の最初期メンバーとして西洋音楽に触れ、無声映画館での伴奏の経験などを経て、榎本健一の舞台や映画の伴奏を中心に活躍した音楽家である。栗原の旧蔵楽譜は、遺族から音楽評論家の瀬川昌久のもとへ渡り、現在は演劇博物館の所蔵となっており、本パネルの成果は、これらの旧蔵楽譜の調査・考証を基盤としている*1。続いて白井史人が、栗原のいとう呉服店少年音楽隊以降の名古屋での活動に関して、名古屋の映画館・千歳劇場との関わりや、未刊行の回顧インタビューや同時代の映画館週報などの文献資料を通じて検討した。毛利眞人は、いとう呉服店少年音楽隊を基盤に発展した松坂屋の管弦楽団などに焦点をあてて、貴重なSP音源を活用し、名古屋における洋楽の展開を分析した。とりわけ、レコードの稀少レーベル「ルモンド」が製作した日本人演奏家による録音は、西洋音楽の普及や浸透の複層的な面を生き生きと伝えるものであった。さらに第一次世界大戦を契機に日本各地に収容された捕虜の活動を研究している七條は、名古屋におけるドイツ兵捕虜と少年音楽隊との交流などの洋楽受容の一断面を分析し、市街地に収容所が設置されていた名古屋の地政学的特徴などを明らかにした。

*1 2022年度に共同研究の成果として刊行した成果報告冊子『栗原重一とその時代』にまとめられている。詳細はこちら(https://www.waseda.jp/prj-kyodo-enpaku/publication/report-2021-Kobo2_Kurihara.html)を参照。

パネル2「映画館文化と各地域の実践」では、映画館チラシを対象とした共同研究(https://www.waseda.jp/prj-kyodo-enpaku/research/2022.html#03)を実施してきた柴田康太郎、紙屋牧子、岡田秀則が研究発表を実施した。柴田の発表「映画文化と地方都市──奈良尾花劇場資料を中心」は、無声映画期に芝居小屋から映画館へ転換した尾花劇場に残されている当時の帳簿などの興行資料と文献資料を組み合わせながら、映画の併映方法、入場者数の変遷、東京などの映画館との封切り時期のずれなど、地方都市の映画館のリアルな日常を丹念に浮かび上がらせた。紙屋の発表「『五郎正宗孝子伝』(1915年)の興行と受容に関する考察」は、演劇博物館に現存するチラシ資料の分析や国立映画アーカイブに残る同作のフィルムと弁士台本を活用した再現上演の経験を踏まえ、池袋平和館での上映を記録した一枚のチラシを出発点として、上映や興行の面から、東京における映画流通の実態を具体的に分析した。岡田は、長年にわたる国立映画アーカイブにおける資料収集、調査および展示の経験をもとに、とりわけ2022年度の企画展「日本の映画館」(https://www.nfaj.go.jp/exhibition/movietheatres2022/)で取り上げられた川崎の映画館チネチッタや北九州の松永文庫に残されている中村上コレクションなど、各地の都市と密接に結びついた映画上映の実態を通して、日本映画史を再検討する可能性を示した。これらの発表に対して、日本における映画館研究および地方の映画文化を専門とする上田学氏は、神戸の映画文化に関する自身の研究やアウトリーチの実践を踏まえながら、発表へコメントをくわえた。

全体討議では、栗原に関する公募研究の代表者・中野から、両パネルの議論をつなぐ特徴として、関東と関西を物理的・文化的につなぐフットワークの軽さを持つ名古屋という場の特性への指摘があった。また活動写真弁士として活躍し、弁士の歴史に関する専門的著作『活動写真弁史 映画に魂を吹き込む人びと』を2020年に刊行した片岡一郎氏からの実践者としてのコメントや、和洋合奏など両パネルで共通して言及されたテーマの指摘をめぐって議論が進んだ。

会場での対面参加と、Zoomを用いたオンライン参加のハイブリッド開催となった本イベントは、コロナ禍において大部分をオンラインで進めてきた共同研究の参加者が、ひさびさに顔を合わせる貴重な機会となった。会場のフロアには広島、浜松などの幅広い地域から参加者が集まり、発表とディスカッションを通じて、近代の名古屋などの各地域の場所の特異性が、日本における西洋化/近代化/モダニティの特性を再検討する場となりうる可能性が浮かびあがった。とりわけ、映画史、音楽史などを考える際に無意識に前提としかねないひとつの「日本映画史」や「洋楽受容史」ではなく、複数の場所における「モダン/近代」をめぐる具体的な驚きの経験こそが、モダニティを形成する核となっていることを再認識することができた。

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年6月30日 発行