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国際シンポジウム ラウール・ハウスマンとポストダダ ~危機の時代のアヴァンギャルド~

報告:小松原由理

日時:2022年11月12日(土)16:00-20:00
会場:上智大学四ツ谷キャンパス
パネリスト:塚原史、香川檀、河本真理、エレーヌ・ティラール(オンラインでの登壇)
司会:小松原由理
コメント:西岡あかね
通訳:蔵原順子
主催:科研費基盤研究(C)ダダの詩学に関する研究──ラウール・ハウスマンの映像論と身体論を中心に(研究代表者:小松原由理)
共催:上智大学ヨーロッパ研究所


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ヨーロッパの20世紀は、二つの世界戦争を体験した「戦争の世紀」であったと振り返られてきたが、ウクライナへのロシアの軍事侵攻と戦争の長期化を目のあたりにして私たちは、21世紀もなおこの「戦争の世紀」は継続中であることを日々痛感させられている。終わることのない戦争という現実を前に、芸術が何を果たし得るか──この命題を前に忘れてはならないのは、「戦争の世紀」であるヨーロッパ20世紀に、同時にもう一つ産み落とされた一連のアヴァンギャルド芸術運動の存在である。なかでも、ロシアアヴァンギャルドに見られる生活革命やアジテーション芸術とは異なり、ダダイムズ運動で顕著に見られたような、時に現実離れした過剰さやグロテスクに満ちたその詩学の可能性を今再び注目し、問い直すことが、政治による破壊行為が正当化される近視眼的な危機の時代において、より一層の重要性を持つ。本シンポジウムの登壇者全員の共有意識はそこにあった。

シンポジウムのもう一つの中心線は、ラウール・ハウスマンの芸術を媒介項として、ダダイストたちのその後の活動=ポストダダ期の活動を浮かび上がらせることにあった。ここでのポストダダとは、戦後盛り上がった新たな前衛芸術運動を指すネオダダとも、またその波に誘発されてかつてのダダイストが回顧的に自らの活動を振り返る視点とも異なり、ダダイストたちによる、時に個別に、時にダダから離れたかのように見える「その後のダダ」の展開である。以下、ひとまず時系列順に、各パネリストの発表内容を簡単に報告したい。まず筆者は導入として、ベルリン・ダダというわずか2年に満たない活動期の後、1926年から1940年代にかけてハウスマンが執筆し続けた『ヒュレ』という文学作品の概要紹介を行い、ハンナ・ヘーヒやクルト・シュヴィッタース、そしてトリスタン・ツァラといったハウスマンと直接的にあるいは間接的にその後も活動をともにした(しなかった)アーティストたちの、これまで美術史の中で多く語られることのなかったダダイストたちのネットワークの存在を提示した。続けて、ハウスマンとダダの盛期に芸術的にも人生的にも深くかかわったハンナ・ヘーヒのその後の創作を香川が振り返り、ハウスマンとの別離後、男性パートナーから押し付けられる性の解放ではなく、むしろより厳密に表現の可能性の地平へと深め、美術家として多義的な解釈を催す作品のなかへと昇華させていったヘーヒのその後の造形軌跡と、残された作品の解釈可能性が探られていった。続く河本は、友人としても、創作上のパートナーとしても近い距離にいたクルト・シュヴィッタースとハウスマンとの葛藤に満ちた関係性を、それぞれの芸術観の相違や往還する書簡のやり取りから暴き出した。さらに塚原は同じくダダでもチューリッヒ・ダダを介し、またシュルレアリスムへと接近していくトリスタン・ツァラのポストダダ期の作品にみられる「夢」へのアプローチに、ハウスマンのポストダダ期の大作『ヒュレ』との共通点、さらに夢野久作の『ドグラ・マグラ』との共時性を探り当てた。最後にティラールは、自身が2014年にフランス語訳した『ヒュレ~スペインでの夢』を元に、ダダにおおけるハウスマンの芸術革命の方向性が、いかにそこで継続されているかを具体的に読み解いた。

シンポジウムの後半は、パネリスト四者による充実した議論が続いたが、そのなかでも特に印象的だったのが、西岡がコメントで指摘した、『ヒュレ』の静止し同時に流れていくような、偏在する時間意識と語りの問題に見られる、現実の時間と夢の時間、あるいは神話の時間の混在である。西岡はここに、まさに二十世紀初頭から現れたメディア社会の現実認識そのもの、つまりメディア的ネットワークモデルを読み取るのだが、このときハウスマンの『ヒュレ』の企みは、知覚拡張の夢という表現主義芸術家たちの系譜に着実に連なるのであって、そこに塚原が指摘するシュルレアリスムの夢の深層、さらには夢野久作の世界とも横並びで一斉に接続する、アヴァンギャルドの世界認識の越境的共同戦線の連帯の輪が力強く浮かび上がってくる。本シンポジウムで提起されたポストダダの美学とは、間違いなくその戦線上に存在している(いた)はずである。なお、本シンポジウムは対面のみで開催したため、いずれ内容を公刊できるように現在模索中である。ここに報告という形で一先ず発表する機会を与えていただけたことに感謝申し上げたい。

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広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年6月30日 発行