これからのメディア論
本書は大学学部生向けのシリーズとして企画された「y-knot」のラインナップの一冊であり、タイトル通り、情報の伝達媒体としてのメディアを多角的かつ俯瞰的に眺望しつつ、高度なテクノロジーに支えられた私たちの日常生活、そして、文化経済を含めた社会全般が今後どのように変容していくのかについて、多くの手掛かり、足掛かりを与えてくれる。学生たちが自ら考察するための論点を明確にするというシリーズの性質上、著者の見解を存分に展開するといった類のものではなく、メディア論が取り扱う(もしくは取り扱うことが可能な、さらには是非とも取り扱うべき)広範な領域を紹介し、そこにどうアプローチしていくかについてのヒントを与え、実例や資料を示し、探究のためのガイドとなる書物と言っていいだろう。
現代におけるメディア論はなかなか厄介な研究対象・学問領域になりつつある。著者も本書の冒頭で述べているように、メディア論は最新の情報機器をうまく使いこなすための単なるノウハウではない。人間と情報、人間と技術との関係をその歴史と共に精査しながら、私たちを取り巻くこの世界がいかなる基盤の上に成り立っているのか、いかなる仕組みによって駆動しているのかを究明する試みであり企てである。情報があらゆる産業にとっての最大の資本となって久しいが、その情報の行き来を実現しているのはほかならぬメディアである。しかも、現代におけるメディア群はアナログ/デジタルを問わず複合的に絡み合い、重層的に折り重なり、その境界はあってなきが如く相互浸透性、相互補完性を持っている。それは著者も随所で述べている通りである。あらゆるメディアの垣根が融解し、多様化というよりも液状化しているいまのメディア環境をどう読み解いていくか。これは相当な難題である。
同時に、人間の順応力と技術の成長力との間に乖離が広がりつつある昨今において、メディア論は私たちが直面している喫緊の課題についても分析の対象とせざるを得ない。はからずも新型コロナウイルスの世界的な蔓延の渦中に増殖したインフォデミック、AIの進化を支えるビッグデータと私たちのプライバシーの問題などは言うに及ばず、デジタル化された情報が爆発的に増大する現在、データは見えないもの、クラウドは見えない場所と考えがちだが、それらは膨大な電力を必要とする巨大なデータセンターに格納された無数のサーバーマシンの存在によって成り立っている。世界中に点在するDCではコンピューター用の電力だけでなく、放熱の対策である冷却システムのためにも日々桁外れの電力量が不可欠となる。つまり、現代におけるメディア論には地球環境問題なども取り扱うべきトピックとなるのである。
最後に、本書で著者がしばしば言及している重要な観点として、いくら新規性が高い(ように見える)メディアであっても、よくよく目を凝らせば、それは同時代の複数の技術が融合した結果である場合が多いという主張がある。これは2007年に初代iPhoneを発表した際のスティーブ・ジョブズが「iPodと電話とインターネットをひとつにする」と宣言したことを見ても明らかだろう。15世紀に活版印刷を発明し書物というメディアによって情報革命を起こしたヨハネス・グーテンベルクも、同時代の金属加工や製紙に関する技術のレベルを熟知しており、加圧を実現するための機構にはワインを製造するためのブドウの圧搾器を応用した。メディア論は、テクノロジーへの目配せ抜きには語れない。本書は拡大・膨張を続ける同学問の射程範囲を鮮やかに描き出してくれている。
(高橋幸治)